着地

突然、ある光景を思い出した。
レーベルの名前にもなっている「吉田ハウス」というアパートに住んでいた時のこと。
そのアパートは人も車もよく通る一方通行の道に面して建っていて、
扉を開けたらすぐ部屋、すぐ道、という、
生活と交通が壁一枚で仕切られている感じのボロアパートだった。
その日、私はいつもの様にままちゃりで出かけ、ままちゃりで帰るべくペダルを漕いでいた。
アパート前の一方通行はゆるい下り坂になっていて、ペダルを漕いだり漕がなかったりしながら
あと10メートルで扉、という時、
突然シャラガラドシャガッシャーンというようなわけのわからぬ大きな音がしたかと思うと
体が前方に向かって宙を飛んでいた。
ものすごく長く飛んでいるように思えたその間に、私は事態を理解した。
ままちゃりの前輪がとれたのだ。
ままちゃりは前輪を失った場所でそれ以上進めなくなり、
ゆるやかな坂道を下っていたスピードを引き受けた私が、前に飛んでいったわけだ。
よく考えるとめちゃくちゃ危ない。
しかしあまりスピードが出ていなかったため、
私は跳び箱のようにハンドルを跳び越し、
オリンピックの体操選手の様に十字の形で着地していた。
(何だったんだ)(恐かった)(ドキドキ)(無事のようだ)
十字のポーズのままふと上を見上げると、家の前の電柱に関西電力の人がのぼっていて
私と同じように目が点になっている。
また一瞬のうちに(恥ずかしい!)と思ったわたしは、
十字のフィニッシュポーズから何事もなかったように直角に廻れ右をして扉を開け、
家に入った。いつもの6畳間があった。

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