「創造性」高齢になってから開花も 


 東京都老人総合研究所心理学部門研究部長 下仲 順子 氏 記 
(日経新聞平成10年3月2日夕刊から抜粋)



 老年心理学では、低下しないという仮説を支持する研究が注目されている。多くの芸術家
や作家が晩年に優れた傑作を残したことは、モネ、ミケランジュロ、ゲーテ、トルストイら
作品からうかがい知ることができる。このような偉大な人達で亜はなくとも高齢期に創造性
を発揮し、余生を開花させた二人の百歳老人を紹介したい。

 米国の通称「モーゼスおばあさん」は1961に百一歳で死去しました。彼女は当時のフ
ォークアートでは最も有名な画家とされ、彼女の描く緑の畑や牧地で楽しそうに働く農民や
田園生活風景はクリスマスカードとして売られ、絵は世界中の近代美術館でみることができ
る。



 しかし、彼女の生活は決して恵まれたものではなく、貧しくて小学校も卒業できず、12
歳から他家に住みこみで働き、27歳で結婚後、10人の子を生み育て、農民として働いた。
子供たちが巣立ち、70歳で夫を亡くしした後、リウマチで手がきかなくなり、妹にすすめ
られて生まれて初めて油絵に取り組んだのが75歳であった。
 
 彼女の素朴な絵はある美術収集家の目に留まり、80歳にして一躍米国中の注目を集める
画家となったが、暮らし方は昔と変わらず、絵は寝室の隅で書き、ジャム作りに目を輝かす
日々であったという。
 

 

 日本Iさんは現在百二歳。高等小学校卒で、夫は国鉄マンだったため転勤が多く、専業主
婦として夫の世話をしてきた。夫の定年後、子供がいないこともあり、有料老人ホームに二
人して入居した。夫の病死後、短歌、書道の趣味クラブに入り”八十の手習い”を始めた。
書道は小学校以来であったが、やり始めると夢中になった。

 Iさんは興味だけではもの足りず、正式に書道美術協会に入り、次々に書を出品し、賞を
もらった。そして八十七歳の時、ついに「無鑑査」という最高の賞をもらったこととなった。
彼女の筆体は草書(書体をくずし、なめらかに書いたもの)で大胆かつ独創的な筆の使い方
が絶賛された。



 二人の百歳老人に共通しているのは、家事、育児に励む平凡な生活を送った後、ふとした
きっかけで始めた趣味が花開いたことである。自らが手がけたものに感動し、心から打ちこ
むチャレンジ精神とそれを楽しむ心のゆとりが備わっていたのが大きい。このような生き方
が、彼女らの自己実現をもたらしたのであろう。

 彼女らの生き方から学べるものは、もう年だからとあきらめずに、まず自分で何かをやっ
てみることである。趣味はその一つ、ボランテイアでもいい。それがきっかけとなって実り
ある日々を過ごせる可能性がでてくるのである。



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