緑のお遍路さんたち(1)(エッセイスト 夏坂 健 記) 
(日本経済新聞 平成9年12月5日(金)夕刊より抜粋)


ゴルフと音楽は双生児 
(指揮者 小林健一郎さん)



 プ10歳の時、なにげなく聞いたラジオからベートーベンの第九流れた。曲が進むに
つれて多感な小林健一郎少年の全身に電流が流れ、聞き終わったときには涙がこぼれて
いた。

 「僕は作曲家になる」
 
 父親に決意を打ち明けるが、取り合ってもらえなかった。そこで窓から差し込む一筋
の街灯が頼り、母親がひそかにひいてくれた線譜に独学でおたまじゃくしを並べはじめ
た。14歳にして早くも県の作曲コンクールで第一位を獲得する。ここに至って父親も
折れるが、やがて葬儀の際、友人が弔辞の中で父親もかつては音楽の道に進みたかった
のだと、初めて秘密を打ち明けた。やがて東京芸術大学作曲科を卒業、次に同大学指揮
科も卒業する。

 

 「ゴルフはレイトビギナーですが、指揮者としてもブダベスト国際指揮者コンクール
で第一位となって、ようやく認められたのが、34歳、音楽でもレイトビギナーでし
た」

 いまや、東欧圏での人気はすさまじく、国内外で年百回のコンサートをこなす売れっ
子指揮者である。
 
 「心身共に、もしゴルフがなければ倒れていたかもしれません。指揮者の私にとって、
ゲームの奥に宿る精神性もプラスに作用してくれたと思います。」
 
 打てば打つほどゴルフと音楽は似るばかり。たとえば、とても静かに始まる曲がある。

 「指揮者はタクトを上げて、いつ微妙にスタートするか緊張の一瞬を迎えます。最近
は慣れましたが、以前は緊張を意識するほどタクトの先端が震えたものです。オーケス
トラの団員は、それを見てさらに緊張します。こうなるとバイオリンもスーッと弓が動
かない。ツ、ツ、ツと小さくダフッテしまうのです。他の音楽も同じ事、最初からスム
ーズにいきません。ゴルフのスウィングと驚くほど似ていますね。意識するほどうまく
振れないのです。



 「音楽の世界にも、ゴルフのシャンクに似た伝染病があるそうですね」

 「いまお話ししたツ、ツ、ツがそれです。一人がダフルると全員がダフリます。ゴル
フにはショートパット苦手症候群と呼ばれるイップス病がありますね。これも同様、一
人の団員がシビれると周囲もシビれます。まさにゴルフと音楽は一卵性双生児、本当に
似ていると思います。」

 私からすると、プレー中の小林さんこそ音楽そのもの。たとえばリズム、ハーモニー、
豪放と繊細、よどみない流れと歯切れの良い起承転結。それらを一つのまとめてスコア
につなげる能力も抜群である。



 ところで、ゴルフを始めた日から一日900球、1000球とうち続けた成果が実って、
一年半後には80台もひとっ飛び、驚くなかれ「78」という信じられないスコアも飛び
出した。

 「いつしか人生の第二の伴りょにゴルフが居座って、いまや本妻までもおびやかす存在
になりました。はい、困ったことです」



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