ゴルフを以って人を観ん! 
「ゴルフエッセイスト夏坂 健さん記」
(日本経済新聞10月1日夕刊より抜粋)


 ■ 「皿の上に全人格」の中国の思想が手本 

テイーグランドで性格が分かる

良いゴルファーとは良い人間でなければならぬ



ゴルフは怖いという。その人物のすべてが赤裸々に露呈されるからだ。
ゴルフは「マンウオッチング」(人間観察)に最適のゲームだともいう。

中国の二十世紀最高の文人の一人、林語堂氏にお目にかかった事がある。
円卓を囲んで中国料理をいただいたあと、巨匠は次のように言われた。「一
つの皿の上にその人の全人格が載っています」。つまり、人間の味蕾(みら
い)には知性があって、知的な人はバランスのとれた繊細な味覚を楽しむこ
とができる。反対に知性のない人は野獣と同じで、空腹を満たすために味覚
にかまわずガツガツ食べる。正確には「食を以(も)って人を観(み)ん」
とする思想が中国にある。すごい言葉だと思った。           



本格的にゴルフの世界を描き始めたのは七年前。それまでに読めためて
きたマグマが一挙に爆発した。                   

心筋梗塞で一命を取り留めたあと、趣味として読んできたゴルフの世界
を書き残そうと思った。そのとき林語堂氏の言葉が思い出された。「そう
だ、ゴルフを以って人を観ん」。これが基本となって以来。書く手が止ま
らなくなった。                          

たとえば、初対面の三人と一番テイーに立ったとする。あいにく足場が
悪いというのに、テイーマークぎりぎりにボールを置く人がいる。1ヤー
ドでも遠くに飛ばしたい願望の表れ、余裕のない性格が露呈される。次の
人物は同伴競技者が打とうとしてもおかまいなし、ぶんぶん素振りの音を
させる。あるいは後方を横切ったり、おしゃべりに余念のない人物もいる
。自分が楽しみたかったら、まず相手に楽しませるのもゴルフの精神、一
番テイーにして早くも非常識な性格が判明する。           

次の人物は体の故障を訴え、練習不足を嘆く。言い訳のうまい人物は責
任転嫁の達人である。かくしてテイーグランドから一歩も出ずに、3人の
性格のすべてが把握できるのもゴルフならではのこと、本当に怖いゲーム
だと思う。                            



ゴルフを始めた最初から朱に交わってしまうと本物が分からない。

その通り。たとえば十七世紀になると、ゴルフはスコットランド陸軍の
クロスカントリー競技として正式に採用され、いかなる状況に遭遇しよう
とも、あるがままにプレーしなければならなかった。しかも、スピードが
要求されて、実にさわやかなゲームに変身した。ところが日本では、たっ
た十八ホールを回るのに六時間近くも要するカタツムリ競技に堕落した。

赤信号も怖くない、その典型がスロープレーだと思う。実は、二度とお
目にかかりたくない人物のワースト第一位が、「スロープレーヤー」だと
いうことを知らなすぎる。                     

ゴルフの歴史は六百年以上。長い歳月の間にいくつかの不文律が生まれ
た。その一つに「他人に迷惑をかけない」の精神がある。ところが、車の
窓から空き缶を投げ、満員電車で足を組み、道路に唾を吐き、平気で不法
駐車する人間が、コースに来たときだけ円満な常識を発揮するとは考えに
くい。つまり、良いゴルファーとは良い人間でなければならない。ゴルフ
が人生最高の教材といわれるゆえんである。             



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