風林火山

『孫子』は春秋時代・呉の国の孫武の兵法を伝えたものとされ、例の三国志・曹操が注釈をつけ、現在の形となっている。

現代では、実際の戦争は少なくとも日本では考え難いが、人々が“戦い”に例えられるような大事に当たるときの心構えとして、この孫子の言葉がよく登場する、、ような気がする。(^^ゞ
『孫子』には、いかに戦いに勝つか、というための技術が述べられてはいるのだが、現実に血みどろの戦いをし激戦激闘の末に敵に勝つのは最低の方策だとしているためか、現代の“戦い”に対処する方法としても参考になり非常に考えさせられることが多い、、、ような気がする(^^ゞ

“戦わずして勝つこと”それが孫子の理想とする戦争なのある。
曰く、
「兵は詭道なり。
戦争はもともと正常に反した行いである。戦わずに敵を屈服させる事ができればなによりだが、それができずにやむを得ず戦場で敵と向いあわなくてはならない時は、それは本来「詭道」なのだから、あらゆる策を弄しても、味方を一人を損なうことなしに敵を破る事が望ましい」
孫子では肉弾相うつ、とか、いわゆる正面からぶつかりあって力の勝負、命を投げ出す、といったそう言う戦いはよくないと言う。
「戦争は国家の死生存亡をかける大事であるから、あだやおろそかに考えてはならない。
敵に勝つといってもいろいろの勝ち方がある。
「百戦百勝」「連戦連勝」などということは上策ではない。最高の勝ち方は、味方を一兵も損ずることなく、戦わずして勝つことである。
最上の戦争の方法は、策略を持って戦わずして敵を屈服させることである。
次善の策としては、敵方の同盟国に働きかけて中立的立場をとらせ、敵を孤立無援の状況に陥らせること。
次は、戦場で敵軍と対決すること。
そして、敵国へ入り、守りを固めた敵の城へ攻めかかるのは最悪の手段である。
・・・・
そうはいっても、相手のあることだから常に最善の手が打てるわけではない。となれば最善策ではない道も考えなければならず、そのためにも、敵のことはもとより味方のこと、つまり敵軍我が軍双方の力をよくよく比較検討し、そうした後に戦いに臨めば勝利はまず間違いないないのだ」

これが“ 彼を知り己を知れば百戦して殆からず”である。

さて、日本の戦国時代の武将・武田信玄が旗印にした「風林火山」の四文字、これが孫子の中ではもっとも人口に膾炙しているだろう。
「戦争とは敵の裏をかくことを眼目とし、常に味方に有利な態勢を求めて行動し、分散集結、百般の変化をなすものである。」
で、その“百般の変化”とはすなわち
「不意打ちをかけるときは風のように早く
おもむろに行動するときは林のように静かで整然と動き、
敵地を侵略するときは野原を焼く火のような勢いで一気に押しまくる
軍勢を駐屯させているときには、山のようにどっしりと構えて敵の誘いには目もくれず
敵の目を欺く時には、あたかも曇りの日に日月星辰をみることができないように隠密裡に行動し
いったん行動を開始したら、青天の霹靂のように敵に防備の暇もあたえないのである」

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其疾如(その疾きこと風の如く)
其徐如(その徐なること林の如く)
侵掠如(侵掠すること火の如く)
不動如(動かざること山の如く)
難知如陰(知りがたきこと陰の如く)
動如雷震(動くこと雷の震うが如し)

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・・・自分は孫子みたいな裏工作みたいな策を弄する卑怯な戦いかたは嫌だね、正々堂々いきたいね! と思われた方、
実は“正々堂々”も孫子からでございます。
「正々の旗をむかうることなく、堂々の陣を伐つことなし。これ変を治むるものなり」
(旗印を整然と陣を整えた敵を攻撃することは避け、堂々の陣をしいた強力な敵を正面から攻撃することはしない。敵の状況が変化するのを待って勝利をおさめるのである)



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