Genesis y:2.5 もう一度
"Once more"


昨夜の寝方はやっぱりまずかったらしい。風邪をひいてしまった。 さて、どうするか? と思案にくれていると、シンジが顔をだした。

「え、アスカ、咳してなかった? 風邪、大丈夫?」

風邪ひいてることをちゃんと知ってる。

「シンジに借り作る気ないもの。起きるわ」
「でも、まだちょっと顔、赤いよ」
「‥‥ これくらい大丈夫よ」
「そお? それならいいけど ‥‥」

心配そうによってくるシンジをあたしは止めた。

「‥‥ あんまり、近寄らないでね。
昨日、あたしお風呂入ってないし、それに汗いっぱいだから」

一度、家に戻らないことには。ベッドから降りたって、 立ちくらみ。
ベッドがそばにあって助かった。

「アスカ!」

やっぱりちょっと頭、重いか。

「これは単に寝不足よ。別に熱でふらついてる訳じゃないわ ‥‥」
「ほんと?」
「別にほんとのことでなくても、本当なの。
あんたに着替え、持ってこさせるつもりはないんだから、
どっちにしてもあたしは起きなきゃいけないじゃない」
「それはそうだけど ‥‥ じゃ、あとでそっちに朝ご飯もってくから」
「ん。分かった」

シンジ、ありがとう、とは口から出なかった。
‥‥ ちゃんと言いたいんだけどな。

家に戻って、汗を拭いて着替えたところで、ちょっとした悪戯を思いつく。

「これくらいは ‥‥ いいよね ‥‥ シンジ」

そおっとシンジの家に戻って、ベッドにもぐりこんだ。
静かにしていると、シンジが入って来た。

「ア、アスカ!?」
「こっちの方が寝心地いいんだもん。あたしは病人よ。なんか文句ある?」
「ん、まあ、いいけど。ご飯、運ぶ距離、短くてすむし」

なんだか理由になってるんだかなってないんだかよく分からない理由で、 OK してくれた。
‥‥ ごめんね。


起きると、頭もとに着替え一揃い。
‥‥ タンス覗いたわね!

「バカシンジ!」

おもいっきり怒鳴った。

「アスカ!?」

ドアを開けてとびこんで来たシンジ。

「バカ! 入って来るな!」

おもいっきり枕をぶつけて、あたしは着替えを抱え込んだ。

「まったくもう ‥‥」

そりゃ取りに戻らずに済むのは有難いけど!

「アスカ ‥‥? 入るよ」

あれ? これはヒカリの声。

「あ、ヒカリ?」
「うん」

ヒカリが入って来た。ドアが開いた瞬間、そのそばにシンジが居るのも見えた。
なぜあたしが怒ったかまだ分からないらしい。
あ、でも。

「あ、じゃ、これヒカリが?」
「うん。‥‥ だから、誤解しないであげてね。 あたしからも言っとくけど」

あたしがここに居るのはあたしのわがままなのに。
シンジってば ‥‥

「ん ‥‥ ちょっと悪いことしちゃったな ‥‥」
「何かあったのかなー?」

ヒカリの顔が‥‥ ちょっと、それは反則よ。人の調子が悪い時に!

「何か、って何よっ」
「あんなこととか、こんなこととか ‥‥
いろいろあるじゃない?
だって、碇君に看病してもらってるんだもんねぇ ‥‥」

シンジ、どんな説明してんのよ!

「あたしが看病してたのよ。間違えないでよね。
この風邪はシンジからうつされたんだから」
「ふうーん ‥‥」

ようやく納得したらしい。そうよ。あたしが看病してたの!

「ということは、アスカ、昨日ズル休みして、碇君の面倒みてたんだ ‥‥
よかったね、二人っきり、かな。碇君のところも共働きだし」

しまった。真っ赤になったのが分かる。

「ごめん、アスカ、大丈夫?」
「ヒカリ、あんたね ‥‥ 治ったら覚えてなさいよ ‥‥」

あたしは横になった。やっぱりこれでは分が悪い。
ヒカリの手。シンジのもいいけど、こういうのもいいよね。

「ごめんね。でも、よかったじゃない。 まる一日ふたりっきりだったんでしょ?」
「うん ‥‥」
「アスカ! まだ寝ちゃだめ! ちゃんと体拭いて、着替えてから!」

前言撤回。
人が気持ちよく寝ようとしてるときに叩き起こさなくてもいいでしょう ‥‥
でも言うことも分かるので仕方無しに身を起こす。

「あのー、委員長 ‥‥ ?」

着替えの途中で声をかけるシンジのバカ‥‥ というか何と言うか。

「まだ、だめ!」

怒鳴ったら、ドアの向こうが静かになっちゃった。
同じくドアの向こうを伺っていたヒカリがこっちを見る。

「でも、ほんと何かあったんじゃない?
アスカも碇君もちょっと ‥‥ なんていうか ‥‥ いい雰囲気、
というのよりもっと良くなった、って感じ?」

そうなのかな? 自分では、不安で一杯なんだけど。

「うん ‥‥ あのね ‥‥」

あたしは ‥‥ ちょっと変わったかもしれないけど。

「あたしが寝てる時にね ‥‥ 寝たふりしてただけだけど」
「うん」

ヒカリってば ‥‥ そんなに真剣になんなくても。 おもいっきり身を乗り出してる。

「‥‥‥‥ 好きって言ってくれた ‥‥‥」

うつむきながら小声だったけど。

「よかったじゃない!」
「‥‥ うん!」


皆が帰ったらしい物音のあと、シンジが顔をだした。
お見舞い連中の相手でちっとも顔だしてくれなかったので、
あたしはちょっと拗ねていたかもしれない。

「アスカ?」
「‥‥ シンジ?」

でも、さっきはあたしが悪かった。

「シンジ。さっきはごめんね」
「‥‥ 委員長から何があったかは聞いたから」

ヒカリがフォローしてくれたらしい。

「まったくお見舞いも善し悪しよねぇ ‥‥
ヒカリはさ、来てくれてよかったけど、残りの二人は何しにきたのよ」

ちょっと声に怒気が入ってたかもしれない。

「あ、声、こっちにまで聞こえた? ‥‥ 煩かった?」

そういうことにはよく気がつくものね。シンジは。

「煩いってほどじゃなかったけど」
「でもトウジは昨日のプリント持って来てくれたんだし。
僕も風邪で寝込んでたと思って、僕のお見舞いに来てくれたんだしね」

あんな連中の弁護なんかしなくていいわよ。
でも、そうか、そのこともあったわね。

「‥‥ なんで訊かないの? 昨日、学校があったこと ‥‥」
「別にいいだろ? アスカが一日位、学校休んだって ‥‥」

それはそうだけど。
もっと訊いて欲しいような、訊いて欲しくないような、沈黙が続く。
シンジ。昨日のあれ、嘘じゃないわよね?

「あんた一人、家にほっといたんじゃ、 お腹すかして倒れてるかもしれないしね」

シンジは料理が何故か上手い。あたしも母親が留守がちということもあって、 そこそこ出来るけど、普段はヒカリみたいに作ってあげよう、 という気はまったく起きない。
だからこれは強がりだけど。

「‥‥ うん。そうだね。居てくれて助かったよ」

また、ちょっとした沈黙。

「アスカ ‥‥ ごめんね。
ベッドの脇なんて、いかにも風邪ひきそうなところで寝させちゃって」

今朝のと同じ言葉。
次の言葉も、言ってくれる?

「僕の風邪は、一日でひいたから。 だから、多分、アスカのも明日になれば良くなると思うよ」

今度は、いつものシンジだったらしい。はあ ‥‥


作者コメント。 3 万ヒット記念のシナリオによる、アスカ一人称。 結局、書いてしまったな。
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