平戸島の旅(2)南蛮の人々

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ポルトガル人は長崎へ。
16世紀の大航海時代、帆船に乗ってオランダ人、スペイン人、ポルトガル人、イギリス人が続々とアジアへやってきました。地図も無い時代、情報も全く無い未知の国へ、危険を冒してやってくる。
しかし、冒険者はヨ−ロッパ人の特許でもなさそうです。
もうそのかなり前から日本−中国−東南アジアへは日常的に人と荷が行き来していたようで、既に国際時代。
アジアに進出していた日本人も、そして、日本人街も。

現代のように飛行機で軽々と海外への時代と違って、相当のハンディを物ともしない、昔人の方が遙かに国際人だったに違いありません。そして、平戸は外国に開かれた窓として南蛮人にも有名だったのでしょう。



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スペインの貴族として生まれて、突然イエズス会の宣教師となったフランシスコ・ザビエルは、インドに渡り、東南アジアの国々を巡り、1549年、鹿児島にやってきます。そして、1550年には平戸にきて布教し、『比類無き王』がすむ大内氏時代の山口市を訪れています。そして、1551年には戦乱の京都から、再び山口市へ、そして、平戸から中国へ渡り、翌年に広東の近くで病死しています。すごい人生です。

平戸市の丘の上にはそのザビエル教会が建っています。山口市のザビエル教会とインドネシアのジャカルタのザビエル教会とこれで3つザビエル教会を見ました。ザビエルの来た道をたどってスペインまでの旅をしてみたいものです。


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前回、紹介した宝亀の教会とはひと味違う、このザビエル教会の色彩はどうですか?日本であって日本でない色使いです。


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ザビエル教会から急な坂道を(平戸は坂と石畳の街です)5分くらい下ると平戸市のメイン・ストリ−トの商店街に。英国通りと名乗っていました。確かに英国旗が下がっていましたが、女王陛下もちょっとビックリするかもしれません。
『すみません〜 三浦按針の』と尋ねたのがこのイチゴ大福の熊屋さんです。『ここですよ』。『あっ ほんと!』


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イギリス人も来た平戸!
三浦按針、本名はW.Adams。オランダ船のパイロット(針は羅針盤の針、按は定める=方位の針を定める人=按針)をしていて難破。
江戸幕府に仕えたイギリス人です。家は東大横の本郷弥生町?日本人との間に子供をもうけ、その子孫はとても有名な一族です(一人だけ会ったことがあります)。

その三浦按針は最後はこの平戸のこの場所で亡くなっています。この隣が英国商館跡です(今は銀行に)。なるほど英国商館があったので英国通りか!

ところで、三浦按針をお世話したのが木田さん。堺の貿易商から嫁をもらって、さらに大金持ちになった貿易商(堺と平戸は つ−か−の密着度だったそうです)。
今もお金持ちのようで、この店の地主も木田さんでした。
仲良くなりたい木田さんです。

 


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これも何かの縁。さっそく。熊屋のよもぎ餅にイチゴ大福。かるかんに ほんのり桜の香り 桜小路が一番のおすすめです。南蛮文化とロマン旅だったので、平戸名物 ごぼう餅は次回の楽しみにしておきました。
        
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