☆桃兎の小説コーナー☆
(09.05.13更新)

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 ドラゴンマウンテン 番外編
   1. 優しさの形 (メインキャラ・ガント&マリン) (時系列・マリンレンジャーなりたての頃)

   

     1

「アレイス、あいつを知らないか?」

 昼下がりの『今昔亭』のロビーに低い声が響く。
 声の主はレンジャーのガントだった。
 ガントに尋ねられ、のんびりとチラシを読んでいたアレイスが何事かと顔を上げる。
 鋭く輝くような銀色の髪に紺色の瞳、褐色の肌、赤い革のジャケットの下からは鍛え上
げられた肉体が覗いている。ガントは『今昔亭』でも上位のレンジャーで、見た目からし
て強いと解る迫力がある。レンジャーと言うには細い体のアレイスとは正反対の雰囲気を
持つ男、それがガントだった。
 今一状況の把握できていないアレイスをよそに、裏口から入ってきたガントはロビーを
ぐるっと見回し眉を寄せる。
 褐色の肌の男の表情は厳しく、部屋に走らせる視線は鋭く獣のようだ。
 ロビーに探し人が居ない事を確認すると、ガントはぼんやりした表情のアレイスにもう
一度尋ねた。
「……しらないか?」
 質問を繰り返し、されど相変わらず厳しい表情のままのガントに、アレイスはにやりと
口角を上げた。

 あいつとは新入りのマリンの事だ。
 マリンはまだ半人前のレンジャーで、正式なレンジャーになってからまだ間もない。そ
んなマリンの面倒を見ているのが、このガントなのだ。
 ガントはいつも厳しく(というより必要以上に厳しい気もするが)マリンを指導する。
 ガントは仏頂面で大体無口で、その上厳しい、という事で、最初はマリンが持たないの
でじゃないかと皆が危惧したのだが、意外にマリンは頑張っており、ガントもまんざらで
は無いようでマリンの師匠として色々指導しているのだった。

 なんだか面白い事になりそうだ、そんな予感がしてアレイスのテンションが急上昇する。
「なんや、一緒におったんちゃうんかいな。なぁ。可愛い可愛い『愛弟子』やろぅ?」
 アレイスは糸の様に細い目を一層細めて、ここぞとばかりにからかってみる。
 が、ガントは眉をぴくりと動かしただけで表情を変えない。
(なんや、つまらん)
 挑発に乗らない乗らないガントを見ながら、アレイスは若干がっかりした様子でソファ
ーにもたれかかった。
 不器用な男と、それを慕う『可愛い』弟子。
 そんな二人が面白くて、アレイスは何気に観察していたりする。
 ……で、そんなマリンが居ないとガントが探しているのだ。
(おー、なんや、なんかあったんやろか?)
 喧嘩でもしたのだろうか、とガントを覗き込むが、ガントを見る限りそういう訳でもな
さそうだ。
「……なんや。稽古がつらくて、ついに逃げられたんか?」
「…………さぁな」
 厳しい表情のまま、ガントはもう一度ロビーを見回す。だが、ココに来た形跡は無く、
カウンターに居た女将も知らないと首を振る。
(……何処に行ったんだ、アイツは)
 不意に表情を曇らせるガントに、アレイスがピクリと眉を動かした。
「……ん? なんや、どないしたんや?」
「わからん。稽古の時間はとっくに過ぎているんだ。なのに、あいつ……」
 どうやらマリンが約束の時間に指定の場所に来なかったという事らしい。
 指定の場所とは『今昔亭』の裏庭、いつもガントが稽古をしている場所の事だ。
 ガントは時間に厳しい男だ。
 だがマリンも決して時間にルーズな訳ではない。
「……何分遅れてるんや?」
「もう1時間になる」
「…………ちょとまて、え、なんやて?」
 それを聞いて、アレイスの表情から笑顔が消える。
「マリン、なんや面倒にまきこまれてるんや……って、おい!?」
 バタン! と勢い良く『今昔亭』の扉が閉まる。
 ガントの姿はもうそこには無い。扉の向こうから遠くなっていく走る音が聞こえるだけ
だ。
「……速っ、もうおれへん。走って行きよったわ」
 窓をあけて外を覗き込むが、もうガントの姿は見えなくなっていた。慌てて出て行った
レンジャーに驚いたのか、通りに居た町の人たちが驚き顔を見合わせていた。
「何かあったんですが? アレイスさん」
「んー、さぁなぁ。まぁ、何も心配は要りませんよ」
「そうですか」
「あぁ、びっくりした。ガントさんが凄い迫力で走っていったから」
「ガントさんは普通にしてても迫力ありますもの……」
「いやぁ、すみません。アイツはホントに無愛想で」
「いえいえ」
 窓から町のおばさん達と会話しつつ、アレイスは山を眺める。
(ふぅーん、なるほどなぁ)

 ガントは心配そうなそぶりはこれっぽっちも見せてはいなかった。
 だが、これは――

「はいはい、なんだかんだ愛弟子が心配ですか。そんなら最初から素直に探しに行きゃえ
えのに」
 マリンがやってきて三ヶ月。
 あのガントに微妙な変化が出始めていた。
 それは、弟子に対する愛着なのか。それとも。

 

 

 

 


     2

「ほら、しっかり案内してくれよ」
 後ろから軽く突かれて、マリンは眉根を寄せた。
 迷いの森。
 そこはレンジャー以外は通り抜ける事が出来ないといわれている、不思議な森だ。
 迷いの森はドラゴンマウンテンの最初の難関で、森を越えない事には山の上部へは行く
事ができない。特に勘が悪い人間にとっては、この森は鬼門だった。
「……こんなことして良いと思ってるの?」
 マリンの背中には剣が突きつけられていた。
 マリンを囲むように、ごつめの男が4人。
 手練の戦士のようだったが、装備は貧弱だ。マリンのような経験の浅いレンジャーでも
一目で資金難なパーティーだという事が見て取れた。
「良いわけねぇわな。でも俺達はな、金がねぇんだよ。この森さえ抜けてしまえば、こっ
ちのもんだ。良い素材を手に入れて、下で売り捌く。この山にいる魔物は他よりも高値だ
からな。レアな魔物を一匹でも仕留めれりゃ借金も一発で返せるって訳だ」
 ニヤニヤと笑う冒険者達に、マリンはぎりりと奥歯を鳴らした。
 別に金やレアなモンスター目当てなのが嫌なわけではなかった。実際、それを目当てに
ドラゴンマウンテンに来る者も多いからだ。そして、そう言った冒険者が安全に狩りでき
る様に、そして必要以上に殺しすぎない様に見張るのがレンジャーの役目でもある。
 だが、こんな卑怯な手段で山を目指す事が、良いわけが無い。
「こんな事しないで、ちゃんとレンジャー雇って山に入ればいいでしょ?」
「バカかお前、金がねぇっつっただろ!?」
 髭の男がマリンの襟首を掴み、大声で怒鳴りつけた。
 この男達は相当追い詰められている状況だろうか。目が血走っており、尋常ではない。
「……落ち着けドーラン。な、レンジャーさんよ、新人でも一人で森を抜けれるんだろう
? でなければレンジャーにはなれないらしいからな。ほら、とっとと先に行けよ、……
怪我したくは、ないだろう?」
 もう一人の細め男が髭の男の手を払いのけると、冷たい目線でマリンを射抜く。
 そして、相変わらず背中にはぴたりと剣が突きつけられていた。
 冷たい脅迫に、マリンのポニーテールが揺れる。
「……行きます」
 マリンは彼らにしたがってただ森を進むしかなかった。

 マリンは新人のレンジャーだ。
 だが、レンジャーがどういう存在なのかは、周りから聞かされて良く知っていた。
 レンジャーは山の守護者である事。
 町の人達からも尊敬されるヒーローの様な存在でもあるという事。
 ただ、今のこの状況はヒーローからは程遠い状態だ。
「……こんな事して、無事ですむと思わないでよ?」
 マリンの声が僅かに震えている。
 怒りもあったが、単純に男達が怖かったのだ。
 今のマリンは何も戦える装備を持ってはいなかった。
 師匠のガントから格闘を仕込まれてはいたが、それもまだ半年。
 剣を所持した手練の戦士四人相手に、素手で勝てる方法などまだ身につけてはいなかっ
たのだ。

 もっと力があればこんな奴ら敵じゃないのに。
 魔石さえ持っていればこんな奴らは敵ではないのに。

 だが、それも全部自分が悪いのだった。
 ちょっと買い物に行くだけだと思って、本来なら持ち歩くべき笛や救命弾も持たず出か
けて、あっさりと騙されて捕まえられ、結果このザマだ。
 『何があっても良いように、常に戦えるようにしておけ』という師匠の言葉だけがマリ
ンの脳裏に強く響く。

 ――あれだけ厳しく言われていたのに。
 
 だが、所詮は新人という事か。経験も足りなければ対処も出来ず、そして足も震えだし
ている。
 男四人に囲まれ、命すら奪われかねないこの状況を跳ね返せるほど、十五歳の少女はま
だ強くはなかった。
 
「声が震えてるぜ、レンジャーさんよ」
 暗い森の中、男がマリンの細い腕を掴んだ。
「は、離してっ!」
 素肌に触れた男の手のぬるりとした感覚が嫌で、マリンは反射的にそれを振り払った。
 そして、思わず振りぬいた拳が男の頬を綺麗に打ち抜いて――
「……ぇ」
 日頃の厳しい稽古の成果なのか。無意識に動いた体はマリン自身の予想を超えた反射を
していたのだった。そしてマリンの拳が見事に決まったのか、男は目をまわしてその場に
倒れこんだ。
 男達の雰囲気が一気に変わり、目が怒りの色に染まる。
「…………てめぇ!」
 剣を突きつけていた男が怒鳴り、怒りの表情でその剣を一閃する。
「……やっ!?」
 剣速は速く、マリンが避ける間もなく振り下ろされた。
 左の上腕からつぅと血が滴る。
 鋭い剣で切られた熱さにマリンは目を見開き、思わずその場に膝をついた。
「い、っああ!」
「殺されたか無いだろ?! 余計な事するなよな。それでなくても『丁寧』に扱ってやって
るんだぞ? あ!?」
 下卑た顔で、髭の男がマリンの顎を掴み顔を近づける。
 抑えていた恐怖が溢れ、体ががくがくと震えだす。


 ゴゥン!!


 空を裂く重い音に、マリンは目を見開いた。
 目の前にいた筈の髭の男は消え、その代わりに何かがマリンの前を素早く通り過ぎた。
 続けざまにゴッ! ゴッ! と鈍い音が二回して、マリンを囲んでいた男達が吹っ飛ぶ。
男達は森の木に激しく叩きつけられ、鈍く唸りその場に沈んだ。
「……!」
 日の光が僅かにしか入らない暗い森。鬱蒼とした森の木々を、山の冷たい風が揺らす。
 腕を押さえ座り込む少女の前に、大きな男が拳を軋ませ立っていた。
 銀色の髪に、褐色の肌、深い赤色のレンジャー服。
 堅く握られた拳に、視界を覆いつくすような大きな背中。
「師匠……っ」
 じわりと目に涙が浮かぶ。
 間違いない、師匠のガントだった。

 

     3

「……貴様ら、レンジャーに剣を向けて、唯で帰れると思うなよ?」

 唸るような低い声が男達を圧倒する。男の発する怒気は並みの物ではなく、紺色の瞳か
ら放たれる視線は射抜くような鋭さで男達を貫いていた。
「こ、こいつ上位だ、上位のレンジャーだぜ!」
「だからなんだってんだ、くそっ、相手は素手だ! こうなったらやっちまえ!」
 男達は立ち上がり、皆が一斉に剣を抜く。
 それを確認したガントの紺色の瞳がメラリと燃える。
「解らなかったようだな。…………後から後悔するなよ!?」
 手練の戦士四人に怯む事も無く、ガントはギシリと拳を握り締めた。
「うおおおおおおお!」
 狭い森の木々の隙間を縫うようにして、細身の男が剣を下段から振り上げる。ガントは
大きな体に似合わぬ軽快なステップでそれをかわすと、脇に回りこみ左フックを放った。
 ドムッ、と鈍い音が森に響く。
 貧弱な装備が災いしたのか、その衝撃はいとも簡単に男のあばらを砕いていた。
「ぐごご……!?」
 ガントはわき腹を押さえて蹲る男を蹴り飛ばすと、直ぐに視線を横に走らせる。直ぐ横
からは木の枝をなぎ払いながら、男が剣を振り下ろしていた。
(獲った!)
 男が勝利を確信し、口角をにやりと上げる。
 が。
「……遅いッ!」
 円を描くように前腕を回し、振り下ろされた剣を裏拳で弾き飛ばす。
「!?」
 剣を飛ばされ、男が気がついた時にはもう遅かった。
 男の眼前で、野性味を帯びた紺色の瞳が光っていた。
「な」
 恐ろしい程の速さで男の懐に入ったガントが、みぞおちを下から一気に殴り上げる。
 ゴッという鈍い音と同時に男の目がひっくり返る。
 男は砕けるようにその場に崩れ落ちていった。
「なんだ、くそっ!」
「うおおおっ!」
 残った二人が同時に振りかぶり、前後から迫る。
 挟み撃ちだ。
「……」
 ガントは前後に視線を走らせると、前方の男の横に回りこみながら首に手刀を放つ。
「がっ……」
 衝撃に意識を失いぐらつく男を、ガントは容赦なく横に蹴飛ばす。
 そして後方にいる最後に残った髭の男を睨みつけた。
「っお!」
 まるでオオカミに睨まれた小動物ように、一瞬男の動きが止まる。
 その隙にガントは男の腕を掴むと、毛むくじゃらの太った腕を一気にひねり上げた。
 ごきん、と男の関節が悲鳴をあげるが、ガントの表情は少しも変わらない。
「い、うあ!」
 あらぬ方向に向いた手に顔を歪めながら、髭の男は後ずさる。
「レ、レンジャーは殺しをしないんだろ!? な?」
 レンジャーは人を殺さないという決まりがあるという。
 それを知っていた男はそれを引き合いに情けない顔でレンジャーを見上げた。
 だが、男の命乞いなど聞かぬかのようにガントは迫る。
 ぎちぎちと軋む拳に、髭の男の表情から血の気が引いていく。
「殺しはしない」
 低い声が、吐き捨てる様に男に浴びせられる。
「だよな、だ……」
 安堵に緩んだ男の顔が、直ぐに苦悶の表情に変わり、無様に白目を剥く。
 視認するのが難しいほどの速度で放たれた左の拳は、見事に男の頬を打ち抜いていた。
「殺しはしない。……だがのたれ死のうが俺は知らん」
 拳についた血を払い、気絶した戦士を足蹴にしてガントはふぅと呼吸を整える。

  
 それはものの数分の出来事だった。

 
 目の前の出来事に震えながら、マリンは師匠を見上げていた。
 広く大きな背中が、いつもよりずっと大きく見える。
 あぁ、コレがヒーローなんだ、ドラゴンマウンテンのレンジャーなんだ、と、そう考え
るよりも先に頭が、感覚が理解する。
 だが、不意に師匠の背中が遠くなる。
「……し、師匠!?」
 驚く少女に振り返ることも無く、ガントは無言のままマリンを放って歩き出した。

 


     4

「……あ、あのっ」
 震える足に力をいれ、マリンは慌ててガントを追いかけた。
「迷惑……かけて…………ごめんなさい」
「…………何故直ぐに救命弾を使わなかった」
 低く怒る声に、マリンはビクリと身を震わせる。
(怒ってる……!)
 適当に言い繕おうとも一瞬考えたが、この師匠の前に嘘は通じない。
 ガントはやたら勘が良いし、それにマリンも偽りたくはなかった。
「持って……なくって」
 その一言に、ガントの周りの空気がピリッとなる。
「レンジャーたるもの、いつ何があるかわからんと言っただろう! 非番の時でも対応出
来る様にしておけとあれだけ言った筈だ!」
「ごめん……なさい!」
 あまりの迫力に怯みそうになりながらも、マリンは震える声を絞り出す。
 泣きそうになるのを必死に堪え、背を向けたままの師匠に頭をさげる。
「謝らなくてもいい。こういう事になると解っただろう。……次は助けないからな」
「……っ」
 ガントの言葉に、マリンは何も言えなかった。
 当然の事だったからだ。
 自分の未熟さが悔しくて、愚かさが情けなくて、ぽろぽろと涙があふれ出す。
 腕の痛みなんかよりも、心の痛みが辛くて涙が止まらない。
 師匠は足早に森を進んでいく。追いつこうと足を速めるが、涙でぼやけた視界と腕の痛
みに息がつまりなかなか追いつけない。
 だが、少し進んだところでガントがぴたりと止まり、くるりと振り返った。
「……!」
 不意にこっちに近づく師匠に驚いて、マリンは慌てて涙を拭う。
「……、えと、あの……」
 怒る師匠の顔を見れず思わず目を伏せるが、ずっと目を逸らしている訳にもいかない。
目の前で止まった師匠にむかって、マリンはそっと顔を見上げた。
 彫りの深い顔立ち、強い意思が宿る深い紺色の瞳。
 だが、激しく怒っていると思っていた表情は、意外にも普段と代わり無い見慣れたいつ
もの『厳しい』表情だった。
「……痛むか?」
「え……」
 ガントは腰のポーチから応急セットを出すと、驚くマリンをよそに手早く処置し始めた。
 上位クラスのレンジャーらしく、手馴れていて速い。
「……っ」
 きゅっと縛られた傷口に軟膏が染みて、マリンはビクリと震える。
 痛い、と言いたかった。
 弱音を吐きたかった。
 だが、悔しさが、自分への情けなさがそれを言わせてはくれなかった。
 包帯を巻く度にガントの手の暖かさが腕に伝わる。
 決してやさしいとはいえない処置だったが、確実なその技は見事なものだった。
 上位のレンジャーともなれば、これが当然なのかもしれない。
 強くて、技術も知識もあって。
 改めて凄いと思うし、尊敬の気持ちが大きくなる。
「……ひぅっ」
 小さく嗚咽が漏れる。
 安心したのかもしれない。
 そのせいなのか、さっきまでの事が一気に脳裏に蘇りマリンの肌が粟立つ。
 痛みやなんかよりも、それ以上に『怖かった』という事を思い出したのだった。
 震えだす肩を両手で無理やり抑えつつ、マリンは俯いて歯を食いしばった。
 こんな所で大泣き出来ない。
 弱い所など見せたくはなかった。でなければ、また「帰れ」と言われてしまう。

 不意に、ぽん、と頭に大きな手が触れた。

「…………?!」
 一瞬、何が起こったのか解らず、マリンは目をぱちくりさせる。
 じわりと伝わる、暖かい感覚。
 頭をすっぽりと包んでしまう程の大きな手が、優しく触れていたのだった。
「怖かっただろう。……この町にはああいう輩も多いんだ。だから常に警戒する必要があ
る。レンジャーならば尚更だ」
 涙で潤むマリンの瞳を、深い紺色の瞳が見下ろしている。
 ほんの少し優しい、そんな視線にマリンの鼓動がどくんと波打つ。
「……今は弱い事を責めたりはしない。ただ、同じ事を二度繰り返すなよ。救命弾無しに
救助してもらえる事はまずないんだからな」
 不意をつくような優しい言葉に、マリンの涙腺が一気に決壊する。
「う……、うあああぁ」

「良いレンジャーに、なるんだろう? ……強くなれよ、マリン」

「……っ! ……っ!」
 マリンはただ必死に頷いた。
 それを見てガントが拳を差し出す。
「……!」
 差し出された拳を見て、マリンの胸がまた大きくドクンと鳴る。
 拳を重ねるのはレンジャー同士で行われる挨拶であり、激励であり、決意の表明だ。
 今まで『今昔亭』でそういう光景を何度も見て「かっこいいなぁ」と羨ましくも思って
いたが、マリンは正式なレンジャーになって間もない。
 まだ、そんな事出来る筈もないし、早いと思っていたのだ。
「意味くらい知ってるだろ? ほら」
 ガントは握りしめた拳を差し出し、頷く。
「……!」
 マリンはどきどきと高鳴る心臓の音を感じながら、ぼやける視界の中で拳を握ってそっ
と突き合わせる。
 こつん、と拳の重なる音がして、それと同時にまた涙がぶわっと溢れ出す。
「ほら、帰るぞ。歩け」
「はい゛っ……!」
 涙を拭いながら、マリンはガントを追いかける。

 今回の事で明確になったのは、「ガントの様なレンジャーになりたい」という事。
 そしてガントに対する憧れと尊敬の気持ちだ。
 暗い森を進みながら、マリンは握ったままの拳をそっと胸に当てる。
(絶対、素敵なレンジャーに、師匠みたいになるんだ。絶対、絶対……!)
 決意は固く、少女はレンジャーの階段をまた一つ登っていく。

 ガントの手の優しさを、深く心に刻みながら。


「お、無事やったか!! マリン!!」
 
 森の出口でアレイスが大きく手を振っていた。
 その脇にはレンジャーのメディと女将が心配そうにこっちを見ている。
 どうやら心配して皆で迎えに来たらしい。
「やだ、マリン……!?」
 怪我をしているマリンを見つけて、メディが慌てて駆けてくる。
「怪我してるのかい!?」
 それに気付いた女将も、心配そうにこちらをのぞきこんでいる。
 そんなみんなの暖かさに、またマリンの涙腺が緩みだす。
「……うぇえん」
「もう泣くな。子供じゃないだろ」
 ガントは呆れたように目を細め、小さく呟く。
「泣くほど怖い目にあったの? 大丈夫マリン?!」
 メディは素早く回復の呪文を唱え、さりげなくマリンを抱きしめる。
「く、苦しいですっ、メディさん!!」
 メディの巨乳に押しつぶされるマリンを確認すると、ガントはさっさと帰っていく。
「何やガント、マリンおいていくんかい!」
「…………疲れた」
 予想外のその台詞に、アレイスが細い目を思いっきり見開く。
「……なんやて? 体力馬鹿のガントがか?」
「…………精神的にだ。帰って寝る」
 眉を寄せて小さく呟きすたすたと帰っていくガントを見て、にんまりとアレイスが笑う。
「くおーーっ!! やっぱ面白かったわ!」
「何いってるの!? マリン、斬りつけられたのよ!?」
「いた、いったたたたたた! メディ、違うんやっ、違うんやって!!」
 憤慨するメディに髪の毛を引っ張られながら、アレイスがか細く悲鳴を上げる。


 夕日がチークの町を赤く染めあげる。
 『今昔亭』からはおいしそうな夕飯の匂いがながれてきていた。

 

 
 <終わり>    
   


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