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1.甘いお菓子は食べません 2.劇団42歳♂ 3.徴産制 4.私のことならほっといて 5.あとを継ぐ人 |
「甘いお菓子は食べません」 ★★☆ | |
2016年10月
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“女による女のためのR-18文学賞”大賞を受賞した「べしみ」を含む、6篇を収録した短篇集。 「べしみ」は別格として、いずれも40代という年齢に達した女性たちの切実な状況、そしてその胸の内を鮮烈に描いた作品ばかりです。 「結婚についてわたしたちが語ること、語らないこと」は、結婚歴ないまま41歳に達した可子の前に、ふって湧いた見合い話。さて、結婚に踏み切るかどうかの判断基準は何なのか。 「花車」は、突然に夫から「もうセックスをしたくない」と言われて呆然とする武子、46歳が主人公。それなら自分はどうすればいいのか。 「母にならなくてもいい」はバツイチ、広告代理店で営業部長として頑張る香穂47歳が主人公。父、兄、部下と、周囲は手のかかる男ばかり。それに対し香穂はどう立ち向かう? 「残欠」は、重度のアルコール中毒者であった主婦、42歳が主人公。いったい自分をどうすればいいのか。 「熊沢亜理紗、公園で・・・」は、突然リストラ解雇された熊沢49歳が主人公。既に両親無く、帰れる実家もない・・・・・ 「べしみ」は前の5篇から一転し、少々奇想天外なストーリィ。姫野カオルコ「受難」のような作品にまたお目にかかるとは、思っても見ないことでした。もっとも趣向は正反対。 40代、まだ女性として見てもらえるのかどうか、そんな懸念、焦りが本短篇集に登場する女性たちに共通する思いのような気がします。 ただし、そうした感想を私が口にするのは面映ゆいところがあります。まさしく本書は、“40代女性による40代女性のための短篇集”でしょうから。 赤裸々と言うより、大胆、鮮烈、迫力十分という言葉がぴったりの力作短篇集。 結婚について私たちが語ること、語らないこと/花車/母にならなくてもいい/残欠/熊沢亜理紗、公園でへらべったくなってみました/べしみ |
「劇団42歳♂」 ★★☆ |
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2020年08月
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学生時代に劇団を組んで2回公演を行ったことのある5人が、20年経った節目にまた公演をやろうと一致、たった1回の公演に向けて準備、稽古を始めます。 しかし、元々5人もよれば気質の違い、考え方の違いがあって当然。学生時代から20年も経つとその状況の違いも加わり、違いが拡幅されて吹き出す、という展開が生まれます。 ・言い出しっぺの松井は業績好調の調剤薬局チェーンの経営者。 ・観察者的である主人公(佐藤)は、県庁職員。 ・公演のきっかけとなった後田中=ゴタナカは、TVドラマの変態夫役でやっと注目された俳優。 ・何かと松井にイジられる岩清水は、小劇団で役者を続けるフリーター。 ・“婚活女子殺し”の異名をとった小柳は、外車販売会社の営業マン。 その5人に、公演スタッフとして岩清水の劇団先輩であるバツイチ女性=大曽根らが加わり、色濃いストーリィが展開されていきます。 各人それぞれが抱えているドラマも、こうして5人の元仲間が集まれば、思わぬ発見、避難罵倒、励まし合いも生まれます。 かつての仲間5人が集まり、再び公演をという中で、何が新たに生まれるか、という点が本作の読み処でしょう。 そしてもう一つの魅力は、演目で選ばれたのがシェイクスピアの「オセロ」であるという点。 登場人物たちによる「オセロ」解釈の議論、どう演じるかの登場人物論が稽古の中で繰り広げられますが、シェイクスピア・ファンとしてはこれがすこぶる楽しい。 42歳になった主人公たちの再・青春譚+「オセロ」という複層的な面白さ、読み応えのある一冊。お薦めです。 1.年がそろそろ峠を越えたために/2.いま死ねれば、いま以上の幸せはない/3.もし私にあなたを動かす力と取り得があるなら/4.女が悪いことをするのは、男の悪さを見習ったからなんだって/5.最後の審判までどんな困難があっても耐えぬくのだ |
「徴産制」 ★★☆ | |
2021年12月
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奇想天外な近未来小説。 題名の「徴産制」とは「徴兵制」のもじり。さて「産」とは? 2087年、スミダインフルエンザの流行により 219万人もの若い日本女性が感染死。インフルエンザの終息後、画期的な性転換技術が開発され、国民投票で多数の賛成により92年「徴産制」が可決され、翌年施行されます。 すなわち、日本国籍を有する満18歳以上、31歳に満たない男子全てに、性転換手術を受け最大2年間「女」になる義務を課す、という制度。ただし、出産は義務ではない。 よくまぁこんなストーリィを思いついたものだ、と思うくらいに奇想天外。筒井康隆的ブラックユーモアなストーリィを想像しますが、本作はさに非ず。 ユーモラスどころかむしろ、これまで多くの女性たちが抱えて来た切実な思いを篭めた一冊と感じる内容でした。 ストーリィは、志願あるいは招集されて女性に性転換した5人の“産役男”たちを描いた連作もの。 同じように性転換といっても、各人の状況や考え方、思いも違えば、その状況、さらに結果も様々。 女性になっても体格や武骨な容貌が変わる訳もなくデカブスと呼ばれたり、いくら頑張っても妊娠できなかったりと、それまで思いも寄らなかった辛さを味わいます。さらに、他の男たちの欲望の捌け口となる道具とされるに至っては、もはや凄絶。 でも、それは男性中心社会でずっと女性が味わって来たことばかりと言われてしまうと・・・。 女性が味わって来た悲哀を描き出す作品かと言えば、本書は決してそれに留まりません。 「キミユキの場合」はむしろユーモラス。そして、最後の「イズミの場合」に至ると、大事なのは人間としてどう生きるかであって、そこにおいて男とか女とかは関係ない、という主張がはじけ飛ぶようで、圧巻。 舞台設定の奇想天外さに加え、内容が濃い、そして力強いメッセージが篭められています。 滅多に読めないストーリィ、是非お薦めです! 1.ショウマの場合/2.ハルトの場合/3.タケルの場合/4.キミユキの場合/5.イズミの場合 |
「私のことならほっといて」 ★☆ | |
2022年11月
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ちょっと風変わりな女性の官能心理を描いた短篇集。 いくらなんでもこんなのって・・・突き放したような印象を受ける一方で、コミカルな面もあるところが、田中兆子さんならではの短篇集でしょう。 とはいえ、今一つ乗り切れなかった、という思いが残るのは私が男性だからなのでしょうか。 ・「歓びのテレーズ」:恋人は既婚者だったのか。せめてもの嫌がらせを・・・。この篇は割と普通。 ・「薄紅色の母」:幼い娘から見た母親の恋情・・・。 ・「匂盗人」:志乃とルームシェアしている美園。自分の臭いが気になり出し・・・。 ・「六本指のトミー」:小五、六本指の同級生=富子のその指が気になり・・・。 ・「片脚」:グロテスクと言うべきか、コメディと言うべきか。3日前に死んだ夫の片脚が姿を現し・・・。 ・「あなたの惑星」:気付くとパンダのようにガラス張りの室に閉じ込められた私。いつしか観客である異星人たちの目の前で生殖活動を期待され・・・。 ・「私のことならほっといて」:42歳、人妻。いつしか夢と現実の間で翻弄され・・・。 7篇の中では、「匂盗人」、「六本指のトミー」が私好み。また、、「あなたの惑星」も捨て難い面白さあり。 歓びのテレーズ/薄紅色の母/匂盗人/六本指のトミー/片脚/あなたの惑星/私のことならほっといて |
「あとを継ぐ人」 ★★ | |
2023年10月
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題名からは、親代々の商売、親が起業した事業というイメージが浮かびますが、そうした特定のことに限定するものではなく、考え方や暮らし方、生き方といった根源的なことにおける“後継ぎ”ということのようです。 田中兆子作品というと、どこか刺激的な要素があるものという印象なのですが、本作は割と日常的で穏やかに読めました。 ・「後継ぎのいない理容店」:男手ひとつで育てた息子=誠は力士、引退後介護士に。長田哲治、何故認めようとしないのか。 ・「女社長の結婚」:家業の麩菓子屋を継いで社長となり奮闘中の花村万純。しかし、社長業に加え、母親からは結婚のプレッシャーも。万純としては、ジュニアチームの後輩で今は海外チームを渡り歩くプロサッカー選手のグー太こと若林翔太と、酒を飲みながら愚痴を交わし合うのが息抜きだったのですが・・・。 ・「わが社のマニュアル」:従業員の殆どは障碍者という会社に転職した居ケ内翼・29歳。事務仕事は長けているものの意思疎通しようとしない先輩女子=伊藤さんと何とか馴染もうとするのですが・・・。 ・「親子三代」:富山で酪農業を営む両親、相澤祐也は家業を嫌って東京で会社員になったのですが、就活不調の息子=傭平が酪農業を継ぎたいと言い出し・・・。 ・「若女将になりたい!」:トランスジェンダーの神原範之、家業の旅館を継ぐべく若女将になろうとするのですが、母親は範之の女性姿を認めようとせず・・・。 ・「サラリーマンの父と娘」:会社員の山田健一、単身赴任期間が長かった所為か、すっかり娘と距離が開いてしまった感じ。なんとか娘と気持ちを通わせたいと思い・・・。 私としては「わが社のマニュアル」「若女将になりたい!」の2篇が特に良かったです。 なお、「サラリーマンの父と娘」は、ほのぼのとした篇。 後継ぎのいない理容店/女社長の結婚/わが社のマニュアル/親子三代/若女将になりたい!/サラリーマンの父と娘 |