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1.かはたれ 2.たそかれ 3.風の靴 4.八月の光 5.海に向かう足あと 6.月白青船山 7.パンに書かれた言葉 |
「かはたれ−散在(さんざい)ガ池の河童猫−」(絵:山内ふじ江) ★★★ |
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人間でいえばまだ8才くらいという子河童の八寸。家族が大池で出かけたきり帰らず、ずっと浅沼でひとりぼっち。 八寸の今後を案じた河童の長老が八寸に、ひと夏、人間の町で修業してくるよう命じます。 当然ながら河童の姿を人間の前に晒すことはできませんから、長老の術により猫に姿を変え、八寸は人間の町へ出かけます。 そしてその町で、ちょうど母親を半年前に亡くしたばかりの小5少女の麻とその飼い犬チェスタトンに出会った八寸は、迷い猫として麻の家に保護されることになります。 その八寸にとって注意すべきなのは水を浴びること。水をかけられると猫の姿が河童の姿に戻ってしまうのですから。 しかし、麻の家で暮らす内、ある日・・・・。 山内さんの描く八寸の姿が、何とも心細げで、その哀れそうな様子に八寸への愛おしさで胸がいっぱいになる思いです。 八寸の正体は?とその身を気に掛ける内に、麻の心の中にも変化が生じていきます。 麻と八寸、次第に2人の心が寄り添っていく様が何とも素晴らしい。そして麻が気付いたことは、麻と八寸には共通するものがあるということ。 河童の子と人間の子という違いはありますが、知り合ったことによって2人がお互いに、成長への道を一歩踏み出すことになるストーリィ。 人間と河童の世界は違えど、2人の心の繋がりが永遠に続きますようにと、心から祈りたい気持ちになります。 児童文学の名品といって差し支えない一冊。お薦めです。 序章.蝶トンボのくる沼/第1章 散在ガ池/第2章 宮ノ前/第3章 丘の上の家/第4章 「ともだち」/第5章 青いフリージア/第6章 すみれ色のノート/第7章 月のしずく/第8章 河童には、できること/第9章 「迷い猫」/第10章 笛吹き/第11章 薔薇の名前/第12章 彼は誰/第13章 カミング ホーム/終章.河童猫 |
「たそかれ−不知の物語−」(絵:山内ふじ江) ★★ |
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「かはたれ」から4年後、「水溜」で家族と共に平和に暮らしていた八寸は再び長老から呼び出され、ある使命を与えられます。 それは、散在ガ池を捨てて人間の中学校のプールに60年間も棲みついてしまったある河童の元へ出向き、彼を説得して散在ガ池に連れ帰ること。 その河童こそ、聡明さ、霊力の強さ、美しさとも抜群の存在であった「月読(つきよみ)の一族」の唯一の生き残り、いずれ散在ガ池の河童を統べる存在になるべき「不知(ふち)」という。 ※ちなみに、この2年間でベテラン河童4人がそれに失敗。 八寸が向かった私立中学は、大切な友である麻が進学した学校。 麻にまた会いたいという気持ちからつい油断して身体の一部を見られてしまった八寸、突然の河童目撃騒動に、麻はもしかしてそれは八寸ではないかと胸をふくらませます。 なぜ不知は中学校のプールにたった一人で棲みついているのか。それは不知にとって大切な友達を待つためでした。 何とかして不知の願いを叶えてあげたいと、八寸と麻、そして「かはたれ」でも登場した麻の同級生が、いろいろ考えを巡らせます。 そしてその結果は、時を超越したとてもファンタジーな場面が展開されます。 「かはたれ」のような感動はありませんでしたが、八寸と麻、そして愛犬チェスタトンも含めた友情の復活、不知と司の時間を超えた友情、そして麻と同級生との新たな友情を謳った本ストーリィは嬉しい限り。 ※「かはたれ」「たそかれ」を通じて、河童の存在が当然のことのように思えるようになりました。(笑顔) 序章.「水溜」の一族/1.月読の一族/2.不知/3.河童騒動/4.四年前の夏/5.二階堂雪さんの話/6.プールサイド/7.再会/8.司の話/9.プールにいるのは/10.ピアノ/11.音楽で遡る/12.記憶に旅する/13.心に届く調べ/終章.誰そ彼(たそかれ) |
「風の靴」 ★★☆ 産経児童出版文化賞 |
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2016年07月
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文武両道で何をやってもピカ一の兄=光一といつも比べられてばかりの海生。兄と同じ名門校への進学を期待されますが呆気なく不合格。そのため母親からは高校受験に向けた勉強を課題にされた中一の夏休み、大好きだった祖父まで死去し、もううんざりという気分。 親友である田明(でんめい)を誘い、愛犬ウィスカーを連れて家出を決行。ところが途中、田明の妹で小4の八千穂に計画を気付かれて脅され、やむなく仲間に入れます。 中学男子2人+小学女子1人+犬1匹の家出行という、一見ありきたりでパッとしないところから始まるストーリィですが、それから後の展開がまるで違います。 というのは3人、祖父に鍛えられた海生をリーダーに、祖父所有のヨットで海に乗り出すのですから。 まずはA級ディンギー<ウィンドシーカー号>で弁天島から風色湾へ。さらに風色湾でクルーザー<アイオロス号>に乗り換え、祖父が秘密の入り江に隠したという海生宛の手紙を探しに行こうという冒険行。 とにかく爽快感が抜群、素晴らしい。 鬱々とした気分を一気に吹き飛ばし、突き進んで行くところに、まだまだこれからという3人本来の姿を見るようです。 3人と一匹だけで海に乗り出し(途中予定外のメンバーが加わりますが)、貝を採ったり魚を釣ったりして食料の不足分を自己調達、キャンプファイアーで思わぬポップコーンを味わったり等、田明がしきりに口にする「十五少年漂流記」とまではいきませんが、十二分な冒険譚になっています。 読んでいる側も、彼ら3人と一緒になって海の上を疾走している気分になり、楽しいことこの上なし。 そして肝心の亡き祖父が海生に送ったメッセージ。ただ受け取るのではなく、冒険行を経たからこそ、生きた言葉として海生に伝わったと感じます。 ※題名の「風の靴」とは、風を帆に受けて海上を突き進む爽快感を、「風に靴(ヨット)を履かせる」と海生の祖父が表現していたことからのもの。 本ストーリィの爽快感、是非味わってみて!とお薦め。 プロローグ:風の靴/第1章 家出計画/第2章 家出決行/第3章 出港/第4章 ヨットパーバー/第5章 風色湾/第6章 秘密の入り江/第7章 キャンプファイア/第8章 月の海/第9章 風のなぜ/第10章 もう一つの物語/エピローグ:裸足の風 |
「八月の光 Flash in August」 ★★ |
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広島に原爆が投下されたあの日、たまたま生き延びる側に入ってしまった人たちの、愛しい人たちを想う悲しさと苦しさを描いた3篇。 原爆投下後の広島を描いた井伏鱒二の名作「黒い雨」という題名は、あの時の広島の光景をそのまま題名にしたものですが、本書題名の「八月の光」とは原爆の光でしょう、同時に希望を指す言葉なのでしょうか。それだけで忘れ難い題名です。 ・「雛の顔」:予知能力が働いてその日勤労仕事に出かけず助かった昭子の母親、真知子。世間体を気にする祖母に指示されて市内の様子を見に行き、放射能に侵されまもなく死す・・・。 ・「石の記憶」:母親のテルノともうすぐ一緒に疎開する予定だった光子。その日光子は届け物に、母親は市内の銀行へ。光子は家に戻り母親の帰りを待つが、母親は戻らず・・・。 ・「水の緘黙」:あの日、多くの人たちを見捨てて逃げ出してしまい、以来自分の名前も忘れてしまった少年は、4年経った今も彼らの影に追われ苦しんでいる。少年がオルガンの調べに引き寄せられて入ったのは教会。やがて若い修道士から声を掛けられるようになり・・・。 愛しい人を失った悲しみだけではなく、悲惨な状態となった人々の姿そのものが忘れられない生き地獄のような光景であり、その中で何もできなかったという深い悔いが消えずにいる、それら一つ一つがどれ程大きい悲しみであることか。 決して忘れてはならない、常に語り継いでいかなければならない、そうした役割を担う作品のひとつだと思います、本書は。 雛の顔/石の記憶/水の緘黙 |
「海に向かう足あと」 ★★ |
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社会人になった今も、風に乗って海の上を駆ける爽快さを忘れられず、ヨットに乗り続けている仲間たち。 キャプテン格の村雲をはじめとする<月天号>のクルーたち6人は、新艇<エオリアン・ハープ(風の琴)>を手に入れたことをきっかけに外洋ヨットレースへの参加を決めます。 レースの出発点は、小笠原諸島近くの三日月島。本ストーリィの終盤、村雲たちクルーは三日月島に先行し、後から来る残りのメンバー、応援家族らの到着を待ち受けるのですが・・・。 昨日読了したばかりの「風の靴」に登場した少年たちの、大人になった姿を見るようなストーリィ。 子供の頃と違って大人になると、責任ある仕事も家族もあり、そう易々とヨットに乗ってばかりはいられないのが現実。 そうした苦労、家族の理解・無理解もあり、ままならない訳ですが、一旦ヨットに乗ってしまえば彼らの楽しさ溢れる雰囲気は、やはり「風の靴」に連なるものです。 それらに加え、村雲や洋平の新たなロマンスにも心躍らせられるストーリィ。 しかし、最後にそんな展開が待ち受けていようとは・・・。正直に言って切なさを超え、ショック極まりなし。 ただもっと衝撃的なことは、それが何時起きても不思議ではないという現実がある、ということでしょう。 SF小説の古典的名作「渚にて」を思い出させられる、ディストピア小説。 【プロローグ】/【T】月天号のころ/白い貴婦人、現る/三日月の島/風に気づくとき/<ブレンダン・コーから村雲佑へのメール>/【U】それぞれの風/ソラとリク/お礼セーリング/不穏な風/<メイヤー副支配人から神谷宗吉へのメール>/【V】支配人とシェフ/回航前/壮行会/星と釣りの海/<村雲から輝喜へのメール>/【W】楽園/もう一つの青い空/やってこない人々/岸辺/前夜/【エピローグ】 |
「月白青船山(つきふねあおしろやま)」 ★☆ | |
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歴史の土地=鎌倉を舞台にした、兄弟と少女3人による歴史&冒険ファンタジー・ストーリィ。 オーストラリアに単身赴任中の父親が急に感染症で入院。家族3人で遊びに行く予定だったのが一転、母親のみ看病のためオーストラリアへ。その間、中2の兵吾と小5の主税という兄弟は、鎌倉の古い屋敷で一人暮らしする大叔父のもとで世話になることになります。 兄弟2人、さっそく地元少女の静音と知り合い、一緒に遊ぶようになりますが、狭い切り通しを段ボールの橇で滑り降りる遊びをしている内、<星月谷>という見知らぬ異空間に迷いこんでしまいます。 そこで出会った着物姿の女の子と老人から、3人はループするこの世界を救うため、ある物を探しだして欲しいと頼まれる。 児童向けの冒険ファンタジー。 でも鎌倉という土地ならではの歴史に基づいたところがミソ。 鎌倉時代とはどのような時代だったのか。そんな歴史への興味を引き立てられるのではないかと思います。 プロローグ 1188年/1.いざ鎌倉 現代/2.お屋敷と怪しい光/3.主税、「閑居」する/4.犬を連れた少女/5.引き出しと切り通し/6.静音/7.夏に桜/8.闇のアメーバと無音の夢/9.老人、奇妙なお告げを語る/10.「行方知れずの瑠璃」という宿題/11.ミッション1 星の井/12.割とありきたりな伝説/13.ミッション2 常楽寺/14.銀目の猫/15.蜩の鳴く朝/16.不思議な庭で猫が笑う/17.月か、雷か、白猫かという問題/18.佳月の物語/19.何代目かという問題/20.古井戸に落ちて帰りしものがたり/21.夏子の物語/22.系図と背番号/23.手文庫のなかには/24.謎解き開始/25.雪の下のやぐら/26.暗号解読!/27.もう一つの罠と勝ち虫/28.星月夜、再び/29.終わらない物語/エピローグ |
「パンに書かれた言葉」 ★★ | |
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わたしには名前が三つある。「光・S・エレオノーラ」。 エレノーラはイタリア語で光という意味。では「S」は? ちょっと大袈裟な名前だから内緒にしている。 そんな語り口から始まるストーリィ。 主人公のエリー(エレオノーラ)は13歳、日本の中学生。 父親は日本人で元商社マン、母親はイタリア人女性。 冒頭、東日本大震災が起こり、春休みに家族3人で行くはずだったイタリアに、エリーは一人で行くことになります。 行き先はイタリア北東部の州にある、ノンナ(祖母)の住むステラマリス村。 そのノンナの家でエリーは、小さな布に包まれた、化石のようになったパンを見つけます。その表面には、何か文字が書かれているような・・・。 その家でエリーは、ノンナから、ナチスドイツに連行された友人一家のこと、ファシストに処刑され17歳で死んだ兄=パウロのことを聞くことになります。それは余りに衝撃的な事々。 そして帰国した後の夏休み、今度は広島に住む父方の祖父母の元へ行き、原爆による惨劇、そして被曝して13歳で亡くなった祖父の妹=真美子の話を聞きます。 争い、戦争はどれだけ多くの人々を傷つけ、いつまでも癒えない傷跡を残してきたことか。何故そんなことが起きたのか。 同様の悲劇を二度と繰り返さないために人々が行うべきことは、その悲劇を繰り返し語り続けていくことでしょう。 イタリアのノンナが、そして広島の祖父が13歳になったエリーに兄や妹の話を語ったのは、そうした願いがあるからでしょう。 言葉や文字、そして文学とは、そうしたことを伝えるためにあるのだ、という思いを新たにします。 ホロコーストや原爆の悲劇等々、そして現在起きているロシアによるウクライナへの非道な攻撃もまた、ずっと語り続けられていくべき歴史的事実となるのでしょう。 さて、エリーの「S」はどういう言葉か。それは最後に明らかにされます。 |