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21.夏日狂想 22.タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース 23.夜空に浮かぶ欠けた月たち 24.ルミネッセンス 25.ぼくは青くて透明で |
【作家歴】、ふがいない僕は空を見た、晴天の迷いクジラ、クラウドクラスターを愛する方法、アニバーサリー、雨のなまえ、よるのふくらみ、水やりはいつも深夜だけど、さよならニルヴァーナ、アカガミ、すみなれたからだで |
やめるときもすこやかなるときも、じっと手を見る、トリニティ、いるいないみらい、たおやかに輪をえがいて、私は女になりたい、ははのれんあい、朔が満ちる、朱より赤く、夜に星を放つ |
「夏日狂想(かじつきょうそう)」 ★★☆ | |
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男たちによって押し付けられた人生を送るのを拒み、女優、小説家を目指して広島の家を出奔した一人の女性の、長い人生の旅路を描いた力作。 前半は、詩人中原中也の若き頃の恋人として知られる長谷川泰子をモデルにしたようです。 中原中也、小林秀雄、長谷川時雨、林芙美子、坂口安吾を彷彿とさせる登場人物が目白押しで、文学史上における彼らの軌跡を目にするような面白さがあります。 しかし、あくまで主人公は野中礼子という一人の女性。 恋による必然なのか、生活のための必然なのか、恋多き女と評された長谷川泰子の人生を辿るような変転は、正直なところ、生々しすぎて私としては辟易としたところ。 ただし、当時、女性がひとり身で生活できる仕事を得、一人で部屋を借りるというようなことは、いくら大正デモクラシーの時代とはいえ、相当に困難なことだったろうと思います。 大部屋女優、酒場のマダムという職を転々としながら、幾人もの作家たちに刺激を与え続けて来た女性という点で、主人公には目を見張るものがあります。 後半は完全なフィクションなのでしょう。 戦後、礼子はようやく一人で生きていく状況に至ります。 昭和30年、50歳。色恋とも縁が無くなって初めて、小説を書く自由を得たという処でしょうか。 一人で働きながら、驕らず、質素に暮らし、淡々と文章を綴っていく、その姿には魅了されて止みません。 ずっと揉まれ続けて生きて来たような礼子ですが、振り返ってみると彼女の物書きを応援してきた、数多くの人物がいたことに気づきます。 女学校時代の上級生=寿美子、礼子と関わりをもった文士たち、中原淳一がモデルだろうと思われる少女雑誌の主宰者、そして何より戦友とも言うべき女性編集者の榊原芳子。 少女時代の夢を最後まで見失うことなく、自分らしさを貫いてい来た一人の女性の長い人生の旅路、圧巻の力作です。お薦め。 |
「タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース」 ★★☆ TIME OF DEATH, DATE OF BIRTH |
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切ないなぁ・・・、本当に切ないばかりのストーリィ。 でも最後、主人公たちの前に一筋の光が灯ったと思えるところにホッとさせられます。 主人公の棚橋みかげは16歳。スラムと評される古い団地に、姉の七海・21歳と二人だけで暮らしている。 どういう事情かというと、みかげ 3歳の時に父親が死去、そして10歳の時に母親は男と出奔した、という経緯。 みかげは喘息持ちのうえにトロいところがあり、学校でイジメに遭って、今は昼はパン工場でバイトしながら夜間高校に通う。 そして姉の七海は、デリヘル嬢をして2人の生活を支えている。 そんなみかげの前に現れたのは、ぜんじろうという老人。自称、団地の老住民を個別に訪問して生存確認する“団地警備員”。 押し付けられるようにしてみかげも一緒に団地警備員の仕事をするようになるのですが、夜間高校の友人=倉梯くん、むーちゃんもいつしか加わり、3人は友人から仲間へと一歩前進。 登場する人物、皆が皆、切ない境遇や過去を抱えています。 みかげだけでなく、むーちゃんや倉梯くんもイジメに遭って夜間高校に通っているという経緯で、みかげや七海同様、自分のことで精一杯という処。 何故なら、誰かに助けてもらえるようなことでなく、自分で耐えていくしかないのですから。 それが、団地警備員を始めてから、みかげたちに変化が生まれていきます。それは初めて他人を気遣う、という行動に踏み出すことだったからでしょう。 だからといって現在の状況が好転する訳ではありません。でも、気持ちに変化が生まれたことで、そこに希望が開けてきたように感じます。 そして、手を繋ぎ合って前に進む仲間もできたのですから。 もう子どもではない、でもまだ大人ではない。そうした3人の明日に心からエールを送りたい。 |
「夜空に浮かぶ欠けた月たち」 ★★☆ | |
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前作「ダイム・オブ・デス、デート・オブ・バース」から感じていたことですが、本作でも、優しさが強く感じられるところが印象的。 本連作ストーリィで各篇の主人公となるのは、様々な事情から心を病んでしまった人たち。 そんな彼らに救いの手を延ばすのは、カウンセラーの椎木さおりと精神科医の椎木旬の二人。 その<椎木メンタルクリニック>、誰かの家に遊びに行くようなつもりで訪れてほしいという夫婦の願いから、ごく普通の二階建て一軒家、診察室・待合室の双方から小さな庭が見える。 そして、上記クリニックと共に欠かせない存在が、<純喫茶・純>の女性店主である純。 ・「キャンベルのスープ缶」:東京の大学に進学し一人暮らしを始めた澪。しかし、他の女子大生から田舎っぽいと笑われている気がして大学に行けなくなってしまう。鬱なのか。痩せ衰えた澪を心配してくれたのが、バイト先の店主である純さん。 ・「パイプを持つ少年」:植村直也、物事をきちんと進められない、時間を守れない等々、勤務先ではダメ社員という評価。 ADHDなのか。このままではダメだと恋人の真美に付き添ってもらい、椎木クリニックへ赴きます。 ・「アリスの眠り」:仕事では能力を高く評価される一方、恋人には裏切り続けられている麻美。ついに眠れなくなり、<純>で椎木クリニックを勧められます・・・。 ・「エデンの園のエヴァ」:妊活して産んだ娘の玲奈が可愛いと思えず苦しむ美菜。産後鬱&パニック障害か。 玲奈を抱いて診察を受けた美菜、そこで優しく励まされ・・・。 ・「夜のカフェテラス」:椎木旬とさおり夫婦がメンタルクリニックを開院するまでの経緯。生まれた娘は重い心臓疾患で生きられず。そのことで苦しんだ経緯がさおりにも。 ・「ゆりかご」:純、結婚し、見知らぬ町で産んだ娘の子育てに奮闘しますがパニック障害。娘を置いて家を出、離婚に至る。椎木夫妻と出会い、店を再開できたことが救い・・・。 ・「エピローグ」:純が店で転倒して怪我。歩けるようになるまでの二週間、澪と新人バイトの芽依が代わって奮闘、椎木夫妻まで手伝いに。 心を病む、ということは今や特別なことではないと思います。 私の勤務先でも、仕事の関係で心を病んだ人の話を何度も聞きます。 診察・治療ということも必要ですが、そんな自分を優しく受け入れてくれる人の存在、それが一番必要なことのように思います。 自分自身も苦しんだからこそ、<純>店主である純、カウンセラーである椎木さおりが差し伸べる手は、とても温かく優しい。 彼らのそんな優しさに救われる思いがする連作ストーリィ、お薦めです。 キャンベルのスープ缶/パイプを持つ少年/アリスの眠り/エデンの園のエヴァ/夜のカフェテラス/ゆりかご/エプローグ |
「ルミネッセンス」 ★☆ | |
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古い団地、さびれたシャッター商店街、という町が、各篇共通の舞台。 この町に暮らす各篇の主人公から見る町の景色は、活気もなく、沈鬱に淀んでいるかのようです。 そうした中で描かれるストーリィは、各主人公の最後のあがき、なのでしょうか。 その中で唯一、救い、希望を感じさせてくれる篇は、女子中学生の熊倉花乃を主人公にした「宵闇」。 保育園児の頃の交通事故で頬にケロイド状の傷痕が残る花乃、そのためモンスター扱いされ、ずっとイジメられ続けてきている。 その花乃に、皆に立ち向かう勇気をもたらしてくれたものは? 「トワイトライトゾーン」は、50代半ば、バツイチである女子校の数学教師が主人公。 「蛍光」は、生き過ぎたと感じている、ごく普通の主婦。 「ルミネッセンス」は、家業の内装業を継いだ中年男。 そして「冥色」は、リフォームされた団地に引っ越してきた、フリーの Webデザイナー。 これまで多数の窪美澄作品を読んできましたが、これだけ陰鬱さばかり、ただ落ちていくだけのストーリィ、感じてしまう作品を読んだのは、これが初めてと感じます。 (「宵闇」を除く)各篇にどんな意味があるのかと、窪美澄さんご本人に訊きたくなりました。 トワイライトゾーン/蛍光/ルミネッセンス/宵闇/冥色 |
「ぼくは青くて透明で」 ★★ | |
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何故、自分がそうしたいと思うように、自分らしく生きることはこんなにも難しいのだろうか。 本作は5人の人物を各篇での主人公に置き、およそ15年の長きにわたって描く連作ストーリィ。 そしてその中心にいるのは、海(かい)です。 その海、5歳時に母親が、美佐子さんという義母を得た後に今度は父親の緑亮が、海を置き去りにして出奔。 幼い時から、男子なのに女子が好むような服装、色合いが好み。父親も美佐子さんもそんな海を何も言わず受け入れてくれていたが、小学校入学以降、女の子みたいだと常にイジメの対象になってきた。 美佐子の勤めていた会社が倒産し、仕事探しのために引っ越し、それに伴い海も高校を転校。 そこで海が出会ったのが、クラスで中心的な存在であった男子の長岡忍。 二人の出会いは、然るべくして出会った、としか言いようがないもの。その結果として、忍の生き方は大きく変わり、海もまたそれに応じていく。 その二人の近くにいつもいるのが、中野璃子。イジメから保健室登校だった璃子がまず海と親しくなり、3人仲間となったという次第。 自分らしく生きたいと思っているだけの海たちの前に立ち塞がるのは、常に大人や教師たちなのかもしれません。 現実的には、まず身近な同級生たち、ということになるのでしょうけれど、所詮子どものこと、親や教師たちの反応を影響を受けてのことでしょうから。 他人のことなのだから放っておいてくれればいいのに、そうならずちょっかいを出してくるのは、自分たちも?という不安、そうじゃないという抗弁の為であるという指摘は、まさにそのとおりなのだろうと思います。 子どもの時から偏見をもたないような教育をして欲しいと、願うばかりです。 ※それにしても、美佐子さんという女性、自分の心に正直な素敵な人物だなぁと一番魅力を感じます。 1.海/2.美佐子/3.忍/4.璃子/5.緑亮/最終話.海 |
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