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「この村にとどまる」 ★★★ |
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ダムに沈んだ村の哀しみというと、最近読んだばかりの辻堂ゆめ「山ぎは少し明かりて」を連想しますが、それは本ストーリィの一部でしかありません。 時代は1920年初頭〜1950年、場所は北イタリアのチロル地方にあるクロン村。 元はオーストリア・ハンガリー帝国領でしたが1919年の条約でイタリアに割譲される。住民たちはドイツ語系だったが、ムッソリーニの国家ファシスト党による強引なイタリア化押し付けられたかと思えば、代わってナチス・ドイツがこの地域を支配し、今度はナチズムを押し付けられる羽目になる。 そして戦後は、ダム建設計画が強引に進められ、村は人工湖の底に沈められてしまう。 クロン村は、ヨーロッパで唯一、ファシズムとナチズムの支配を連続して受けた土地だとのことです。 主人公のトリーナは、小学校教師を務めていましたが、イタリア化政策のおかげで職を失い、酪農で暮らす貧しい農民=エーリヒの妻となります。 クロン村の住民たちは、イタリア・ドイツのどちらを選ぶかという選択を迫られ、村人同士の対立も起きれば、徴兵されて否応なく戦地に行かされるという悲哀を味わう。 トリーナの家族も、娘のマリカと生き別れになるという悲しみを追います。 全編から感じられるのは、外部の圧力に翻弄される村人たち、抵抗しようとしても力にねじ伏せられてしまう、悲哀です。 ダムによって作られた湖の中に聳え立つ鐘楼は、観光の面からみれば美景かもしれませんが、哀しみの象徴であるように感じられます。 彼らの哀しみは決して過去のものではありません。 ロシアの軍事侵攻によって土地を占領されたウクライナの人々、イスラエルの一方的な軍事行動によって家、命を奪われたパレスチナの人々に共通するものです。 味わい深い佳作、お薦めです。 第一部 歳月/第二部 逃避行/第三部 水/注記 |