プライバシーとはなにか
  −−「プライバシー保護」と「個人情報保護」の違いに関する考察−−

1999年8月28日  弁護士 牧 野 二 郎


要旨

プライバシーとは場所的・空間的領域概念であり、茫漠たる多数の権利を包摂する最も価値の高い部分である。プライバシー権とは、こうした空間に無断で介入することを拒否し、みずからの情報を提供することの可否を決定する権利(自己決定権)を包摂するものである。

個人情報保護とは、管理されている情報の管理、利用、処分に関する基本的ルール(ガイドライン)であり、個人情報保護法とは、情報管理者規制・規律法である。

プライバシー保護法と個人情報保護法との二つの法律が必要であり、両者を混同する議論は、プライバシーの未来を暗くする危険がある。


はじめに

プライバシーというものの概念が明確にならないまま、個人情報保護の法制化の話が始まっています。混沌とした中で、議論は錯綜するばかりで、だんだん不安になってきました。ここで、本質的な議論が必要なのだと思い、大胆な挑戦をしてみました。

人間の重さは地球以上といいますが、その基礎となる人間にとって最も大切なもの、それはお金で買えるような財産ではなく、個人の個人としての価値であって、人間としての尊厳のはずです。プライバシーというのは、この人間の尊厳を守るものであって、一番大切なものといって良いのではないか。それがこの議論の出発点です。

しかし、「個人の尊厳」の内容は、空漠たるもののようで、その内容もはっきり規定されていません。また、プライバシーは「個人の尊厳」とどのように関係づけられるのか、まったく明らかにされていません。ここでは、プライバシーというものを何とか、確かなものとして定立させ、その上で個人情報とはなにか、を考えてみたいと思います。

本稿では、99年プライバシーシンポジウム開催にあたり、プライバシーとは、個人情報とはという事を、法的な実務的観点から、整理してみました。

1 基本的人権の中のプライバシー権

個人は生まれながらにして個人として尊重されなければならないといわれます。人間が何故に尊重されなければならないかというと、人間としての尊厳があるからです。人間であることから、尊ばれ、敬われなければならないのです。これが、人権を考える上での基礎になります。そして、個人として尊重される地位を「権利」「人権」といって良いでしょう。それは、集団の一形式である「国家」という存在以前のもの(前国家的権利)だといわれています。

人間が個として存在することで、当然に認められるものが人権と呼ばれるものですが、それは国家とか民族とかいったものが生まれる以前、人間が人間として存在しえた時点で自然に発生するものなのです。それを集団的権力機構としての「国家」が人権体系法(憲法)として類型化し、保障したというわけです。国家は、人権相互の価値を考え、人権体系とも言うべき価値序列を考え、各種の保護措置を取りました。このようにして体系化され、保障された憲法上の人権、制度化された権利を、憲法で保障された「基本的人権」と呼びます。人間の尊厳という価値判断に基づいて制度化されたものが基本的人権といえるのです。

プライバシー権は、そのものとしては基本的人権の中に規定されていません。プライバシーと深く関わりがあると思われる権利、すなわち信教の自由、学問の自由、通信の自由などの多くの権利について、憲法は明文により規定しています。なぜ、プライバシー権が規定されていないかといえば、憲法制定当時の歴史的限界があったからだと考えられます。すなわち、憲法制定時点ではプライバシー権というものがまだ認識されておらず、あるいは確定したいなかったからなのです。

プライバシー権と呼ばれるものは、1960年ころから主にアメリカで本格的に論じられるようになり(注1)、1965年から判例上認められるようになっています(注2)。我が国でも1960年代後半(昭和30年代の後半)から、判例上実体的権利としてみとめられるようになりました(注3)。我が国の憲法制定は、それから40年もさかのぼるのですから、まだ人類自体がプライバシーの意味を知らなかったのでしょう。 プライバシー権が主に民事事件を通して、私人間の問題として認識された後、更に公権力から侵害を受けない権利として成長してきたという歴史を見れば、プライバシーという権利が、国家によって政策的に認められてのではなく、人間としての存在に基づく基本的なものという意味が理解できます。人と人とが生活する中で、当然に必要とされるもの、それがプライバシーなのです。こうして、プライバシー権の普遍性、すなわち前国家的権利としての性格を確認することができます。プライバシーが私法的側面でも、公法的側面においても、 その両面において論じられるとしても、本質的内容は同一と考えて良いでしょう。 いずれの場合も、基本的人権、ひいてはその基礎にある人間の尊厳そのものを守るための基本的権利であるということです。

2 プライバシーとはなにか

憲法学者によって異なった規定がなされており、にわかに決められないようですが、それだけ、全体像は曖昧模糊とした、漠然とした範囲であることは確かなようです。ただ、注意したいのは、だから権利自体があいまいだ、抽象的だ、と即断してはならないということです。既にプライバシー権は判例上具体的に認められています(前記判例)し、個々の場面では見事に具体的権利性をもち、指導原理にもなっているからです。

さて問題は、プライバシーの本質は何か、ということです。

(1) プライバシーの人権上の位置・・・・内心の自由に発する根源的権利

プライバシーというのは、個人が個人として存在していることから、いわば当然に求められる個としての特性である「内心の自由」に由来し、この内心の自由を保証するものといえます。内心の自由とは個人が何を考え、何を思い、どのような性格を持つというような内面的な精神活動の自由を言うものですが、その自由は、絶対的な保障を受け、不可侵の権利として認められてきました。内心の自由を保障するために、自己の私的領域の不可侵性を主張すること、それによって内心の自由を現実的に保護するのが、プライバシーの本当の意味だと思われます。更に、プライバシーというのは、この内心の自由を基礎におきながらも、より大きな保護範囲を持つ概念だといいうことができます。

(2) プライバシーとは ・・・・・・場所的・空間的領域概念

図1
図1

プライバシーというのは、こうして内心の自由そのものをさすことがあります。ところが実際は、これにとどまらず、より広い概念として、個人の行動が監視されたり、私人間の会話が盗みぎきされたり、私的領分(私物、自宅、机の中、ロッカーの中等)に対する干渉などといったものが、プライバシーを侵害するもの、といわれます。こうして、内心の精神活動の自由を含めて、行動や環境面からの私的領域への干渉を排除するものとして、場所的空間的な領域を指定する概念と見ることができます。この概念は、通常一般人において同様な広がりを持つことになると思います。時代や、社会環境、民族や社会の構造などで変容はあるのでしょうが、それでも基本的には普遍的な範囲になるでしょう(注4)。プライバシーというのは、こうして場所的、空間的領域概念として観念できますが、そうした範囲で様々な事実が発生し、事実相互が総合、集積し、あるいわ積み重ねられ、様々な痕跡が残ります。これらが何らかの形(主にデータの形態)で流出します。売買の記録として残ったり、クレジットカードの利用記録、携帯電話の契約に関する事実という形で残され、捕捉され、管理されたものが、価値をつけられて、売買の対象とされています。こうして、プライバシーが個人情報に転化し、凝固していくのです。プライバシーは元々捕捉できない私的領域の出来事なのですが、それが、ひとたび記録可能な「情報」の形を取ることで、個人情報に転化してしまうというわけです(図1参照)。

(3) プライバシーは売買できる ・・・・だから難しい

プライバシーを個々のケースで、どのように扱うか、どのような範囲で保護すべきかについては、実は大変微妙です。これまで、こうした柔軟さ、変幻自在な形態がプライバシーの概念構成を邪魔してきたようです。

プライバシーの個々のケースでの内容、範囲の変化は、実は、それを主張する個人の判断のほか、個人のプライバシーの取り扱い、公開の具合、地域の風土的な扱い、会社の取り決め、合意など、さまざまな要因でその範囲が変化するものです。従って、誰にとっても常に同じ物、というわけではないのです。ただ、同じ文化、同じ慣習、同じ政治制度の下では、普遍的な概念も同時に形成されているはずです。こうした普遍的なものができていても、その中の要素は自由に処分できるため、常に同一のものとはならないという点に気をつけなければなりません。

個人の判断によって、プライバシーにかかわる領分の有る程度の部分を公開し、干渉を許すことになります。良いか悪いかはさて置き、自分の日常生活や、大変プライベートな生活上の行為、たとえば着替える姿や寝る姿、くつろぐ姿などそのものを公開し、人に見せてお金を取る商売もあります。ここでは、プライバシーそのものが商売の対象となっているわけです。各種名簿の売買は、第三者によるプライバシーの勝手な処分行為とも言えます。いずれにしてもこうして自分の判断で、自主的に公開した場合にはプライバシーとしての保護を受ける範囲が、その分狭くなるのはやむを得ないわけです。

また、公的地位に有るもの(公職の選挙に立候補するもの、公職にあるもの)、あるいは企業に所属し、企業の枢要部を構成するもの、事業を行い事業内容の公共性ゆえに一定事項の公表が義務づけられている職種(医師など)、事業の宣伝のために一定の事項が公開される場合(タレントなど)など、といった場合にも保護されるプライバシーの範囲が、限定的にせよ事実上狭まることがあるようです。

3 プライバシー保護法の必要性

プライバシーはこれまで述べたように、私的空間や領域を言うものだとして、それを侵害することは可能です。盗撮や、盗聴、監視、付きまとい、などです。これらの行動は、そのいくつかは既に違法とされ、規制されています(注5)

既に判例上認められているプライバシーとしては、私生活そのものの安穏性確保を必要としたもの(「宴の後」事件、「エロス+虐殺」事件(注3)参照)、無断で人の外貌を撮影してはいけないとしたもの(捜査撮影事件)、最近では、「石に泳ぐ魚」事件(注6)、ネットワークで氏名を公表した行為をプライバシー侵害とした「神戸ネットワーク・プライバシー事件」(注7)などが続いています。

このように、判例上は個々のケースでのプライバシー侵害の態様を慎重に検討して、その保護内容、保護範囲などを検討しているわけです。本来的にプライバシー保護というのは、その内容が茫漠とし、定型性を持たないのですから、このように個別に、具体的な関係の中で議論されるべきものでしょう。そうして、個別事件の中で、個々のケースを検討して、表現の自由等の重要な権利との調整を確保する必要があります。

しかし、現時点では更に問題とすべき由々しき事態が生まれていますので、それらを総合的に議論する必要があるようなのです。そして、そのコアの部分については、コアであること、尊重すべき事、そのコアの部分い関する普遍的な認識はあるのだと思います。また、定型化できる侵害行為には処罰を持って対峙するといったような考慮があっていいと思います。これが、プライバシー保護法の問題となります。しかし、その際、表現の自由その他の人権を過度に規制することのないように、慎重な議論をする必要があるのは当然のことです。

現在問題になっている事案は多数ありますが主なものだけを検討します。

(1)盗撮、パパラッチ

最近問題になっている盗撮などは、物理的に人がどこかに顔を突っ込んで、覗き見するといった、現実的な「覗き」行為があるのではありません。誰もいない時にトイレや更衣室にカメラを仕掛けるという方法であったり、仕掛け人がカメラを持って一緒に入浴するなど、最新の技術を駆使したものとなっています。そのため、カメラで撮影して、電波を飛ばす行為を、単純な覗き行為(一回限りであるため刑も極めて軽く規定されている)にあたるというのか、それで足りるのか、といった困難な問題があります。結局的確にその事自体を取り締まる法律はなく、盗撮行為自体は事実上野放しとなっています。盗撮ビデオの販売は、現時点でわいせつ物販売罪(刑法第175条)で摘発され、処罰されていますが、これでは問題の個所をぼかしたり、隠したりすれば自由に販売できることになり、逆効果になっています。

また、有名人に対する「パパラッチ」が問題となっていますが、素人の間で行われる無秩序な撮影、町中で公然と人にカメラ向けて、その顔を撮る行為など、「気分が悪い」と感じる行為が横行しています。この「気分が悪い」というのが、プライバシーを侵害されているということだと思います。必要以上にプライバシーを侵害するような形態での撮影などは、許されるべきものではないのです。

(2)盗聴(特に口頭傍受といわれる会話の盗聴)

盗聴は現時点では規制する法律がありません。電話の盗聴自体は、電話回線に加工をしている場合に限って電気通信事業法ないし有線電気通信法などによって、取り締まられています。しかし、会話の盗聴は野放しの状態にあり、最近問題になっている電気コンセントに仕組まれた盗聴器の使用は、違法な住居侵入という問題はあっても、盗聴自体は何ら違法とされていないため、ますます深刻な問題になっています。

(3)監視カメラの設置

労務管理の一環として、社員の休憩室、談話室、仕事場、場合によっては着替え室までに、監視カメラを設置する事例があります。これらは、会社の安全管理という目的以上の社員監視、社員のプライバシーを監視する行為で、許されない場合が多いでしょう。

しかし、監視カメラの設置自体は、現時点では規制はありません。人の住居に入らない限り、どのような形態であれ自由に行うことができます。したがって、この点でも大きくプライバシーが侵害される危険があります。

職場に限らず、学校、公民館、プール、集会場などでのビデオカメラを利用して、その様子を電磁的に正確に記録するという監視行為はプライバシー侵害の観点から問題が多いと思います。

こうしたプライバシー侵害に付いては、どの程度守るかは、個々の事例で検討すべきでしょうが、その解釈の基準になるような一定の指針といったようなものは必要だと考えます。そのような基準ができれば、プライバシー保護基本法といったものが構成できることになります。

4 個人情報とは、管理されている情報のこと

個人情報という言葉は、現在のような情報社会では必須のテクニカルタームとなりつつあります。しかし、その内容は明確にされておらず、特にプライバシーとの関係が明らかでないため、混乱した状況にあります。これま政府関係機関などが発行している報告書などでも、個人情報とプライバシーはほとんど区別されず、同義に使っているようです。その事も混乱の原因でしょう。

個人情報保護の方向は、1980年OECD理事会が出したプライバシーガイドライン(注8)や、1995年にヨーロッパ連合体(EU)理事会がEUを構成する域内各国に対して出した個人情報保護に関する指令(注9)、更に電気通信分野における個人情報保護に関する指令(注10)といったものが次々と出されています。

これらの議論では、個人情報“personal data”と、プライバシー“privacy”は明確に区別されているようです。

 個人情報は、“personal data”すなわち、個人に関する情報を言うのであって、それは制度的に管理され、利用される情報そのものを言うはずです。

更にはっきり定義すれば、個人情報というのは、
(1) 個人に関わる個々のデータ(情報)ないし、情報の集合(これらを一般に「個人識別情報」といいます)あって、
(2) 管理者が管理・保持するもの、
ということでしょう。

従って、個人情報というのは、プライバシーの発現形態といえます。

個人情報は、プライバシーの中の重要なものではあるのですが、それが管理できる形を取っている点が特徴的です。プライバシーが情報という形を取り、外形に現われ、取り扱い可能なものとなったもの、という事です(図1参照)。

問題は、こうして、記録された情報、集積された情報、分類・分析され一定の付加的要素を持つ情報、その他管理されている一切の情報に付いて、その厳格な管理を管理者に対して要請し、法的に指導しようとするのが、個人情報保護法制度なのです。

そして、問題とされる、個人情報保護法というのは、この管理する者を如何に規律し、個人に関するデータ(情報)が違法に流出しないようにするか、違法に利用されないようにするにはどうしたら良いか、を考える法律ということになります。

5 個人情報保護法は、データ保護法である。

こうして、個人情報保護法では、プライバシーそのものを概念として定立して、そのプライバシー本体を守る法的制度(プライバシー保護基本法といったものは別に考える必要がある)と言うのではありません。個人情報保護法は、管理されている、あるいは集積され、保持されている個人に関する一切のデータ(情報)類を保護するというものです。すなわち、データ保護法のことだ、と考えます。

(1)データ管理者を「管理」することの難しさ

データ保護法制度は、既にヨーロッパ各国で採用され、実施されています。この制度は、データを集積しているところに対して届け出義務を課し、隠れたデータ集積を規制します。そして、データ保護庁といったものがデータ集積者を管理し、指導します。こうしたかなり厳格な法制度でないと、闇の中にデータを取り扱い、集積し、販売する集団を野放しにすることになり、実効性を失うことになるでしょう。

これに対して、アメリカ・カナダなどでは、プライバシー保護法として、広くプライバシー問題と個人情報問題を捕らえているようです(注11)

(2)データ管理の方法はEUの指令が良い

95年のEU指令(前掲)のガイドラインが基本になると思います。そしてその内容は実質的には、通産省の個人情報保護ガイドラインがもっとも適切な内容であると思われます(注12)。このガイドラインが基礎となり、各業界でのガイドラインが制定されていることからも現時点での共通認識となりうるものでしょう(注13)

6 プライバシー保護と個人情報保護の棲み分けは?

プライバシー保護「法」と個人情報保護「法」の関係を明確にする必要がありますが、まず最初に、プライバシーと個人情報保護の接点は何か、を考えます。

図2
図2

プライバシーが領域概念であり、その領域内の私的事柄のすべてがプライバシーというものだとして、個人情報保護とプライバシーとは、大変強いつながりがあります。

わかりやすく言うと、プライバシーの中から、情報として管理するに至るまでの、プライバシー情報の移転経路(移転のルール)がプライバシー保護で、移転した後の情報管理が個人情報保護なのです(図2参照)。図中のAのプライバシーの範囲は内心の自由(実線内)を中心として、点線の部分までとします。それをめがけて監視・盗撮・盗聴といった違法なプライバシー侵害が起きます(管理者甲、同乙、個人C)。これらはすべて違法なプライバシー侵害であり、プライバシー保護法の適用される場面です。情報提供・取得までが、プライバシー保護法の問題として、取り上げることになります。

これに対して、管理者の側からしますと、正当な情報管理者甲だけでなく、アウトサイダー管理者乙もおり、甲だけが厳しく規制されてもほとんど意味がありません。むしろ、違法行為を常態とする管理者乙を厳しく規制する必要があります。乙の売り込み行為も厳しく規制されなければなりません。そうした違法な売り込みに対して、情報主Aの承諾・同意を確認する義務を管理者甲に課することができます。したがって、管理者甲は、情報の取得に関して、慎重な対応を要求され、また、自ら管理する情報を販売したり、無断で流用することを禁止されるべきです。

7 プライバシー保護法と個人情報保護法との違い

プライバシー保護法は、個人のプライバシーがどのように守られるかを一般的に定める性格のものですから、漠然としたものになるほかありません。しかし、それ自体は多様な形態を取る性格のものですから、やむを得ません。むしろ、あまり類型的に捕らえますと、時代の変化に付いていけないかもしれません。一定の範囲で保護するという命題を明確にする必要があるでしょう。図1図2の、左の部分を起立する法律となります。

これに対して、個人情報保護法は、管理者を管理する法律ですから、取り締まり対象を情報管理者とする、管理者取締法です。違法な情報収集方法を禁止し、適正な情報収集と利用とを保障する法律ということになるでしょう。もっぱら管理者・事業者に適用のある、図1図2の右側の部分のみの法律となるはずです。

こうして、両方制度は、基礎になるものが個人の尊厳であり、プライバシーであるという点ではまったく共通ですが、プライバシー保護法のほうは、直裁にプライバシーを保護するものであり、個人情報保護法のほうは管理者規制法になるという点で、方向性が異なり、刑罰の点でも違いがあるのですから、両方制は別物となるべきです。

8 プライバシー権の現代的内容

図3
図3

データベースの社会の到来は、新たなプライバシー問題を生じつつあります。データ・バンク社会の問題として、憲法上新しいプライバシー侵害形態があると指摘されているのです(注14)。個人が様々な生活関係の中で、様々に関係する場面で残す各種データ(買い物をした事実、レンタルビデオのデータ、旅行に行ったデータ、レンタカーをした事実など)が、本人の知らない間に集積されています。そして、それらが解析された時、そこに本人の知らないその個人の本当の姿が浮かび上がるかもしれません。何が好きか、何が弱点か、生活様式や、癖など、更には趣味の対象や、思考パターンまで解析されるでしょう。結局、いつのまにか、心の中を見透かされ、先回りされる時代になりつつあるのです(図3)。

こうした、データの集積が、その解析、分析により新たな意味を持ち、価値を持つ時、それは、新たなプライバシーとして保護されるべきものとなるはずです。この視点に立つ時、ネットワーク上での行動パターンを解析するという電子商取引の手法、カードの利用パターンを解析して偽造カードを摘発する(注15)という手法は、大きな問題となる。

この手法によれば、まず、カードを利用した時のデータが、購入の確認と決済のために利用されるというこれまでの認識に反して、利用者確認の基礎となる会員の習性分析に利用されるということであり、データ利用の目的に反することになります(無断で行えばガイドライン違反となるはずです)。更に、その解析自体が、その人の内心の動きを読み取るものですから、いわば、ポリグラフテスト(嘘発見器)のようなもので、心の中を無断で見ているという点で、違法というべきでしょう。最後に、その習性パターンで、毎回検査されているという点で、新たな購入のデータが、習性パタンの同一性判断に利用されるという事の認識、合意がない時は、これも違法になるはずです。

こうして、こうした手法自体が会員に理解されないまま水面下で利用されるのは、プライバシー保護の観点から大きな問題なのです。

まったく同じ手法が、不正アクセスの摘発目的のソフトウエアで利用されています。 徳島大学が開発したハッカー発見ソフトは、正規利用者のキーボードやマウスの操作の癖を記憶して、それと新たなアクセス行為のキーボードなどの使用の癖を比較して、不正侵入か否かを判断するというものです(注16)。これは、偽造のクレジットカード摘発とまったく同様なプライバシー問題を生ずるでしょう。

これに対して、日本総研などが開発したハッカー追跡ソフトは、それまでのハッカーの侵入行為の特徴や、不振な利用行為の情報があり、新しいアクセスに付いて、ハッカーの手口との照合を行うというものです(注16)。これは、個人情報から習性を抜き出していない点で違いはあるものの、アクセスごとにそのアクセス方法がトレースされているという点で、アクセス情報が他の目的に利用されている点は変わりません。この点でも、プライバシー問題があるため、利用者の承諾などが必要とされます。この点、日本総研の法務部長の大谷和子氏は、利用者に対して、インフォームドコンセント(説明と納得)の必要性を認識して開発を進めているとの説明をされており(平成11年8月27日情報処理学会での発言)、その見識の深さと正確さは確かなものです。

まとめ

プライバシーというものが、曖昧模糊としている限り、本当の意味での個人情報の保護はないように思います。プライバシーは、個人情報の基礎であり、中心です。そして、それは決して空虚な概念にしてはならないもので、新しい時代の基礎になるものでなければならないものです。

人権が、時代と共に新たに認識されるのです。この時代は、プライバシーに光があたり、その周縁にある個人情報に対して法律の強固な保護が与えられようとしています。われわれは、こうした新しい時代にふさわしい人権を、確かなものとして作り出す義務があります。

分からないまま、問題を推し進めることはできません。分からない時は、分からないと声を上げて、議論をはじめましょう。私のこの論考は、極めて実験的で、仮定的なものだと思います。異論は多いはずです。この拙稿がこれからの議論のきっかけになれば幸いです。


注1 Prosser "Privacy" 48 California Law Review 389-392 (1960)
不法行為法上のプライバシー侵害の4態様としてあげる
 (@)私生活への侵入
 (A)私事の公開
 (B)他人をして誤認を生ぜしめる表現
 (C)氏名や肖像等の私事の営業的利用
青林書院新社「演習憲法」芦辺信喜他編 202頁

注2 アメリカで憲法上の権利としてみとめられた最初の判例 Griswold v. Connecticut ' 381 U.S 479 (1965)

注3 「宴のあと」事件 東京地裁昭和39年9月28日判決 判例時報385 「捜査写真撮影」事件 最高裁大法廷昭和44年12月24日判決 同 「エロス+虐殺」事件 東京地裁昭和45年3月14日 判例時報586

注4 ネットワークで行動することや、ネットワーク内に様々な情報ないし行動の痕跡が通信ログなどに残されることになるが、それらをモニターし、監視し、あるいはその情報を集積・分析して、その結果などを商用利用することは通信の秘密を侵害し、電気通信事業法上違法であると考える。こうした新しい侵害行為は、現代社会で初めて認識されたものである。確かに、新たな環境が生まれ、新たな侵害の危険性が発生したことから、その範囲でプライバシー概念が広がりを見せていると理解することができる。しかし、かつて私生活の覗き見がとがめられたように、ネットワークでの生活の覗き見が違法と評価されるのは、まったく同じ評価といえる。技術的な意味では広がっているようであるが、本質のところでは、「私生活の安穏の保護」「干渉されない権利」という意味で、同じ範囲の中の問題と考えることができる。

注5 軽犯罪法では、覗き見と付きまといが違法とされ、拘留(1日以上30日未満の拘置)又は科料(1000円以上1万円未満)の刑が科せられてはいる。覗き見は同法第1条23号「正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」、付きまといについては同28号「他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者」という規定がある。しかし、覗き見に付いては、単純に1回の覗き行為を問題としており、機械を設置して記憶装置に記録するという行為形態を予定していないことは明らかであり、こうした営業的なあるいは反復して閲覧可能という光学的記録が違法性において格段の違いがあることはあきらかである。又、付きまといも「ストーカー」といったような執拗なものを予定しておらず、更に検討を要する問題である。

注6 「石に泳ぐ魚」事件
小説家柳美里氏が、小説「石に泳ぐ魚」を出版したが、そのモデルとなった女性は一私人で、著名人でもなかったが、その人をモデルにした小説が、その女性のプライバシーを侵害しているか、が争われた。東京地裁平成11年6月22日判決では、そのモデルとなった女性を知っているものにとっては、その小説のモデルがその女性であることがわかるうえ、名誉毀損的な内容があることをみとめ、出版の差し止めを認めた。
同様な事件(「名もなき道」事件 )が、平成7年に訴訟となったが、内容が「芸術的想像力でフィクションに変容している」として、プライバシー侵害を認めなかった。

注7 神戸ネットワーク・プライバシー事件
ネットワークのフォーラムで、突如氏名、住所などを公開した事件で、裁判所は、プライバシー権を基礎にその中核となる「個人情報コントロール権」の観点から、個人の希望しない形態での氏名などの公表は、それだけで違法となりと判断した(平成11年年6月23日神戸地裁判決(控訴)にて明らかになっているとおりである。

判決全文(町村版)

http://www.asia-u.ac.jp/~matimura/hanrei/netprivacy/index.html

解説(牧野)

http://member.nifty.ne.jp/CONSENSUS/no2gaiyou.htm

注8 OECDガイドライン

Guidelines on the Protection of Privacy and Transborder Flows of Personal Data (23rd September, 1980) (80年OECDプライバシーデータ移動に関するガイドライン、含8原則)

http://www.oecd.org//dsti/sti/it/secur/prod/PRIV-EN.HTM

注9 Directive 95/46/EC of the European Parliament and of the Council of 24 October 1995 on the protection of individuals with regard to the processing of personal data and on the free movement of such data (EU95年個人情報保護指令)

http://www2.echo.lu/legal/en/dataprot/directiv/directiv.html

注10 DIRECTIVE 97/66/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 15 December 1997 concerning the processing of personal data and the protection of privacy in the telecommunications sector (EU97年電子通信分野における個人情報保護指令)

http://www2.echo.lu/legal/en/dataprot/protection.html

注11 データ保護法の現状

NEW MEDIA DEVELOPMENT ASSOCIATION

インターネット上のプライバシー保護に関する各国の現状 1999・1

http://www.nmda.or.jp/enc/privacy/privacy-now2.htm

注12 個人情報保護ガイドライン(通産省)

通商産業省の個人情報保護施策について

−改正個人情報保護ガイドラインの発表−

平成9年1月30日   通商産業省      情報処理システム開発課

http://www.miti.go.jp/past/c70130a1.html

日本通信販売協会

我が国の通信販売業者の集まった公益団体で、通信販売業の業界団体として指導的な役割を果たしている。

「通信販売における個人情報保護ガイドライン」を定め、公開している。What' Newの中のガイドラインの紹介から入る。

http://www.jadma.org/

注14 佐藤幸治「憲法」青林書院新社現代法律学講座5

「公権力が、個人の道徳的自律と、存在に直接関わらない外的事項に関する個別的情報を正当な政府の目的のために、正当な方法を通して取得保有しても、直ちにはプライバシーの権利の侵害とはいえない。が、かかる外的情報も悪用されまたは集積されるとき、個人の道徳的自律と存在に影響を及ぼすものとして、プライバシーの権利の侵害の問題が生ずる。”データ・バンク社会”の問題は、まさにこれである。」 317頁

注15 偽造カード摘発の方法

偽造のクレジットカードの利用を摘発するという観点から、カード会社はクレジット会員の過去の購入履歴からその特徴を読み取り、カード利用パターンを解析して、その人の利用の習性を明らかにして、新たな購入利用行為がこれまでのパターンと食い違うかどうかを検査するようにして、その都度、本人確認を行うというもの。こうしたパターンに反する利用方法である時は、その利用客の本人確認を慎重に行うことを指示し、摘発に大きな効果を上げているという。しかし、これまでカード会社はカード会員に対して、偽造カード問題をはっきりと説明してこなかったという(日本経済新聞99年8月26日「偽造カード大国対策急ぐ各社」 下 参照)

注16 日本経済新聞平成11年8月21日「ハッカー発見で新ソフト」


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