VERSION.   O.O4




注意;ここで利用できるのもの、本件事件に関するものとして、判決についての 意見が出された時点で公表される摘要 ( Headnote)である。この摘要 は、本件判決の構成部分ではないが、国民の便宜のために判決報道官が用意した ものである。 United States v. Detroit Timber & Lumber Co., 200 U. S. 321, 337.参照。

アメリカ最高裁判所


  
  
                                 摘          要
  
 RENO, ATTORNEY GENERAL OF THE UNITED STATES, et al.
                         v. AMERICAN CIVIL LIBERTIES   UNION et al.

 アメリカ司法長官のレノ   対 アメリカ自由人権協会ほか

 ペンシルベニア東部地区管轄の合衆国地方裁判所からの上告事件

 事件番号 96年511号  97年3月19日審理
 97年6月26日言い渡し  

 1996年に制定された通信品位法( CDAあるいは法律と呼ぶ)の二つの条
項はインターネット上に存在する有害情報から未成年者を守ることを求めている
が、このインターネットこそは、コンピューターの相互結合による、この国際的
なネットワークであり、数百万人の人々を "cyberspace" サイバースペースにお
いてお互いの意思の交流を可能にし、また、世界中の膨大な量のた情報に対する
アクセスを可能としたものである。  

  表題47の、U. S. C. A. 223条(a)(1)(B)(ii) (Supp. 1997) は、18歳
未満の受信者に対する  "obscene or indecent" 卑猥あるいは不謹慎なメッセ
ージを故意に送信する行為を処罰している。 
  223条(d)条項は18歳未満のものに対して、現在の社会における標準的
な判断において、その文脈からも、明らかに違反行為とされる、性的、排泄行為、
内臓に関する事柄の、描写や叙述といったメッセージを、送信し、あるいは表示
する行為を禁止している。
  223条(e)(5)(A)は、禁止された通信に対する未成年者のアクセス
を制限するための、信頼できる、効果的な、いくつかの行為を行ったもににたい
し、また、223条(e)(5)(B)は、そうしたアクセスを年齢証明用の確
実な形式を採用して規制し、クレジットカードでの検査方法や成人確認番号によ
る検査といったもので規制したものについていずれにも、積極的な防御手段を提
供している。

  原告の多くは、223条(a)(1)および223条(d)の合憲性を争って
訴訟を提起した。


  事実審理の後、本法律に従って地方裁判所の3人の合議体が招集され、係争と
なった二つの条項の実施に関する仮決定をおこなった。
  右合議法廷は、政府に対して223条(a)(1)(B)の規制は、それが 
"indecent" 「不謹慎な」コミュニケーションに関係する範囲に及ぶ限りにおい
て、適用してはならないとしたが、しかし同時に政府は、コミュニケーションの
中の、猥褻なものやチャイルドポルノといったものに対する起訴行為や、調査行
為を行う権利が認められた。この、223条(d)に対する差し止め命令は、猥
褻やチャイルドポルノといったものについて無制限的であるがゆえに絶対的なも
のである。
  政府は、特別抗告条項に従い、当裁判所に上告したものであり、地方裁判所が
CDAが広きに失する点で合衆国憲法修正第1条に違反し、漠然性ゆえに修正第
5条に違反するという判断をしたが、これらは間違えであると主張するものであ
る。

維持; CDAの定める"indecent transmission"不謹慎な転送と "patently 
offensive display" 明らかに不愉快な表示の条項は、修正第一条により保証さ
れる言論の自由"the freedom of speech"を奪うものである。
   

  a)CDAの漠然性は広範な調査という点で、修正第一条に関係があるけれど
も、修正第5条に至ることなく判断することが必要である。    P17

  b)政府が根拠とする前例Ginsberg v. New York, 390 U. S. 629;
 FCC v. Pacifica Foundation, 438 U. S.726; and  Renton v. Playtime 
Theatres, Inc., 475 U. S. 41
 は、救済するよりも、むしろCDAの合憲性に疑いを抱かせるものである。

  CDAは、数多くの法律と異なり、また、こうしたケースで支持される法理と
も異なり、両親に対し、彼らの子供には、情報を制限して利用指せるという点に
ついて、彼ら両親の同意があることを尊重するという立場をとらず、かつ、商取
引行為自体を制限するということもせず、 "indecent"不謹慎の定義をしめすこ
とができず、 社会的な価値の回復ということのない" "patently  offensive"
明らかに不愉快な情報の要求行為を一切排除してしまい、絶対的な禁止の対象と
なる特定の場合の広がりを制限しないばかりか、インターネットの特殊性に応じ
た一般的な機関の評価を基礎に据えることもしていない。ラジオと同様ではない
けれども、本法律が情報手段に適用される限りにおいて、それは修正第1条の保
護を全面的に受けることになる。
  そして、これが表現内容そのものに関する表現の制限として適用されることに
なるため、時、場所、手段という表現の方法に対する規制とはならず、適正な分
析をすることができないのである。

  こうした前例は、結局、裁判所に対してCDAを支持することを求めない上、
こうした条項の適用に対して厳格なる再審査と完全に一致するものである。
  P17

  (c)いくつかの裁判例を通して特別な事実が判明する。電波放送媒体を規
制することの正当性に関する政府の放送に対する規制拡張の歴史
 e.g., Red Lion Broadcasting Co. v. FCC, 395 U. S. 367, 399・00; 
レッドライオン事件参照、利用開始時における利用可能な周波数の不足に関す
るe.g., Turner Broadcasting System, Inc. v. FCC, 512 U. S. 622,
 637・38; ターナー放送局事件参照、そして放送の侵入的な性格に関する 
Sable Communications of  Cal., Inc. v. FCC, 492 U. S. 115, 128 
セーブル通信事件判決参照、といったものは、サイバースペースの中には存在
しない。それゆえ、これらの判決は、インターネットに適用されるべき修正第
一条の審査のレベルを正当化するための基礎をまったく提供していない。
 P24

  (d)CDAが修正第5条に違反するほど漠然としているかどうかに関わら
ず、当該法律の適用範囲に関する、いくつもの不明確さは修正第1条の趣旨に
とり多くの問題を投げかける。たとえば定義されていない"indecent"「不謹慎 」
"patently offensive"「明らかに不愉快な」という要件は、表現者に対し、こ
の二つの基準の相互関係はいかなるものか、またそれ自身は何を意味している
のかという点について不確実性を誘発する。

   こうした内容自体に対する規制の漠然性は 
e.g., Gentile v. State Bar of Nev., 501 U. S. 1030,参照、
刑事法としての犯罪抑止力の低下につながることにつき
 e.g., Dombrowski v.  Pfister, 380 U. S. 479,参照、これらは、修正第一
条に関する、言論の自由に対する明らかな萎縮効果として特別な問題を提起す
る。

  政府の主張に対して、CDAは不明確性から回避できないというのは、この
法律の               
規定する  "patently offensive"  明らかに不愉快という基準は、
 Miller v. California, 413 U. S. 15, 24. ミラー事件判決における
the three-prong obscenity test set の真ん中の章のくり返しである。
  ミラー事件の二番目の焦点はその"patently offensive"明らかに不愉快な条
項の固有の曖昧さを、適用可能な州法によって禁止されている内容を特別に定
義することで、減らしている。

  加えて、CDAは、性的な行動に対してのみ適用されるもののはずが、事実
は、"excretory activities" 排泄行為や、 "organs"内臓といった性的な存在
や、排泄という自然なものの規制に拡大されている。
  ミラー事件の残る二つのポイントは、ともに猥褻の定義の確証のない流れを
批判的に限定している。
  まさに、3つの制限を含む定義は漠然ではなく、そうした3つの制限のうち
の一つだけでは成り立たず、孤立するものでもなく、漠然ではない。CDAの
漠然性は、議会が目指した潜在的な有害情報から未成年者を保護するという目
的を実現すべく注意深くくみ上げられた可能性を、虫ばみつつある。P24−28

 (e) CDAは、表現の内容による規制をする時に、修正第1条が法律に求
める正確性を欠いている。にもかかわらず、政府は、潜在的な有害情報から未
成年者を守るうという重要性を認めているのであり、 e.g., Ginsberg,
 390 U. S., at 639,参照、CDAは、憲法上の権利として成人に対し認めら
れている表現行為の送信、受信による大量の表現行為を抑圧することにより得
られる利益を追求しているが、こうした広範囲な規制に関する前例はない。
 e.g., Sable, supra, at 126. 参照。
  成人の言論に関するCDAの問題は、CDAの正式な目的を少なくとも効果
的に行うであろうより制限的でない他の選びうる手段を容認していない点であ
る。  e.g., Sable, 492 U. S., at 126.参照。
政府は、何も証明していない。

  一方、原地方裁判所は、現在利用可能な利用者のためのソフトウェアーは合
理的に、より効果的な方法を提案しており、その方法とは、両親において自分
の子供たちが、両親が不適切だと考える情報にアクセスすることを防止するこ
とができるものであり、それはまもなく広範な人々の役に立つであろうという
事実を、認定している。

  更に、本法廷での議論においては、法的規制の代替手段としての、両親の管
理の促進のための不謹慎な情報に対する "tagged" 印付けの要求は、芸術的、
教育的な価値のあるメッセージに対しいくつかの例外を作ることになり、両親
の選択に一定の余裕を持たせ、そして、インターネットのいくつかの部分での
規制を、他のメディアとは異なった方法によって行うことの可能性についても
言及した。

  特に、議会による詳細な調査結果の不存在という観点から、あるいはCDA
の特別な問題に関する意見の公聴会を行った結果においても、当法廷は、CD
Aは、制限的に制定されていないと確信している。  P28−33

(f)政府による、CDA規制の合理性を維持するとする3つの付加的な主張
は拒絶された。
  まず、他のコミュニケーション手段があるから合憲であるという主張は、説
得力がない。なぜならCDAは言論に対して、その内容の基礎とそのものの規
制を行うもので、(他の手段を選択する)時、場所、方法という分析方法が適
用できないからである。e.g., Consolidated Edison Co. of N. Y. 
v. Public Serv. Comm'n of N.Y., 447 U. S. 530, 536.   参照。

  第二に、CDAの故意の要件、特定の人物という要件は、送信人が、18歳
未満のものであることを知り、その者へのコミュニケーションに対する合法な
適用の範囲を規制する重要な要件であるとする主張は、まったく証明されてお
らず実際にほとんどのインターネット上のフォーラムがすべての消費者に対し
開かれているのであり、特定の人物という要件が強調されるたとしても、これ
は、不謹慎な発言の対象者に対し "heckler's veto,"野次馬拒否権という形を
取ることになり、事実上より広範な検閲を認めることに他ならない。


  最後に、そうした情報が科学的な、教育的なあるいは、社会の価値の回復の
ための提案を支援する文脈になっておらず、必然的にCDAによる規制により、
排除されてしまう結果になる。


(g)233条(e)(5)の擁護論は、「制限的な構成」をとることにより
CDAを救済するという立場を取っていない。政府の主張による限り、情報発
信者は、その情報の内容に基づく不謹慎なコミュニケションである旨の表示
 "tagging" により、「信頼に値する行動」をとることで防衛することができ
るとし、それにより情報の受け手は適切なソフトウエアーによって、その受理
を防ぐことが認められているといい、更にこうした行動は効果的なものになる
ための要件を与えていると主張しているけれども、結局、それは架空のことと
いうほかない。

  提案されている選別ソフトscreening  software  は、現時点では存在して
はいないうえ、しかし、もしそれができたとしても、受可能な人々が、符号化
された有害情報を実際に排除するかどうかを知るすべはない。

  政府は223(b)(5)'にいう弁護のための検査方法は、成人間の言論に課された
重い負担を確実に減少させるはずだと主張するものの、その点における証明に
失敗した。そうした検査はすでに、商業プロバイダーにおいて、明確に性的な
情報について、実際に利用されているが、地方裁判所の事実認定が示したよう
に、多くの非商業的な発言者にとっては、それは利用できるほどの経済性を持
つものではない。  P35−37


(h)政府の、この法廷での議論は、CDAの要件の可分性の承認による合憲
性という点で、608条、また、不可分的な要件の制限的解釈という点で、考
慮の対象とされることになる。なぜなら、卑猥な表現は全体として禁止される
に違いなく、see Miller, supra, at 18  参照、 また、233条(a)の定
める卑猥な情報に対する規制は文字どおりの表示として不謹慎な情報に対する
規制と分離することが可能であり、 当法廷は、当該法例から
 "or   indecent" 「あるいは不謹慎な」という部分を断ち切ることで、23
3条(a)の残りの部分の存在を維持することが可能となる。 P37−39


(i)政府が議論している、インターネットの成長はCDAの合憲性を保持す
る独立の基礎を提供するものであり、それを助長しているという重要な着眼は、
まったく説得力はない。この新しいフォーラムの劇的な膨張は、こうした主張
の基礎となる事実すなわち、無秩序な"indecent" 不謹慎な、
 "patently offensive"明らかに 不愉快な情報は人々をインターネットから遠
ざけるという主張と、明らかに矛盾するものである。


 
    929 F. Supp. 824, affirmed.
                   断言する  

  Stevens, J., は法廷意見を提出し、これに対し Scalia, Kennedy, 
Souter, Thomas, Ginsburg, and Breyer, JJ., が賛成した。

 O'Connor, J., は、判決に対し、部分的に賛成し、部分的に反対の意見を提
出した。
これに対し Rehnquist, C. J., が賛成した。




注意;  この意見は、合衆国報告書の仮版印刷の出版される前における正式な
校閲版として提供される。したがって、読者は、内容の間違えや、活字の間違
えについて、この仮印刷が出版される前に、アメリカ合衆国最高裁判所に対し、
あるいは判決報道官に対し伝えることが要請される。

 









多数意見


STEVENS`S  OPINION




アメリカ合衆国連邦最高裁判所 

第

 合衆国司法長官ジヤネット・レノ(JANET RENO)等上訴人 

                  アメリカ市民自由連合、その他 

ペンシルバニア東部地区、合衆国地方裁判所からの上訴について 
1997年6月26日

 ジャスティス・スティーブンス(Justice Stevens)は法廷において以下の如く
陳述した。 

  争点はインターネットにおける「下品」で「明らかに無礼な」通信から未成年
を守るために制定された二つの法律の条項の合憲性である。有害な情報から子ど
もを守るという議会の目標に正当性と重要を認めながらも、我々は、本法令が合
衆国憲法修正第一条項(1)により保護されている「言論の自由」を奪うものであ
るとの三つの地裁判決に同意するものである。

第一章 

地裁は広範にわたる事実認定を行っており、そのほとんどが原告により用意
された詳細な条項に基づいている。補足824、830−849を参照(1996年、ペ
ンシルバニア東部地区)(2)。同認定は、インターネットの特徴ならびに重要性、
当該メディアにおいて猥褻物を公然と陳列しているデータの入手可能性、そして、
インターネット通信の利用者の年齢の照合が直面する問題について述べている。
  これらの認定は法的な諸問題の根拠となっているので、この議論の余地のない
事実についての要約から始めることとする。 

   インターネット 

インターネットとはコンピュータの相互接続による国際的なネットワークである。
インターネットはアーパネット(3)と呼ばれた軍事計画として1969年に始まっ
たものから派生した。
  アーパネットとは、軍、防衛産業関係者、そして防衛の研究を行っている大学
によって管理されているコンピュータが、たとえ戦争でそのネットワークの一部
にダメージを受けたとしても、他の経路によって相互に交信することを可能とす
るために計画されたものである。アーパネットはもはや存在しないが、それは数
多くの民間のネットワークの発展をもたらし、結局、相互に接続し、今日では
100万人もの人々を互に交信させ、そして、世界中の膨大な量の情報にアクセ
スすることを可能としている。

  インターネットは、「世界規模の人間のコミュニケーションというユニークで
全く新しいメディア」(4)なのである。インターネットは「並外れた成長」(5)を
経験している。情報を蓄積したり、通信の中継をしている“ホスト”コンピュー
タの数は、1981年の約300台から1996年の本裁判の時点で
約9,400,000台に増えてきた。大雑把に言って、これらのホストのうち
の60パーセントがアメリカ合衆国に所在する。本裁判の時点で約4000万の
人がインターネットを利用し、その数は1999年までには2億人に増大する見
込みである。
  個人は、数多い様々な手段、一般にはホスト自体とか、あるいはあるホストに
属した端末からインターネットへのアクセスを得ることができる。ほとんどの大
学はその学生や教職員にアクセスを提供しており、多くの企業は、その職員に職
場のネットワークを通じてアクセスを提供し、多くの自治体や地方の図書館は無
料のアクセスを提供し、店頭にネットワークカフェを設けたお店が増えており、
そこでは一時間あたりわずかな料金でアクセスを提供している。アメリカ・オン
ライン、コンプサーブ、マイクロソフト・ネットワークそしてプロディジーとい
ったいくつかの主要な全国的なオンライン・サービスは、それが独自に持つ広範
なネットワークへのアクセスのみならず、より大きな資源であるインターネット
への接続も提供している。
  これらの商業的なオンラインサービスは、本裁判の時点でほぼ1200万人の
加入者を擁している。インターネットへアクセスしたものは誰でも、きわめて多
様なコミュニケーションと情報検索の方法を利用する事ができる。これらの方法
は常に進化しており、厳密に分類することは困難である。

  しかし、今現在、これを構成するものについて言うならば、この事例にかかわ
るものの多くは、電子メイル(「e−メイル」)、自動メイル配信サービス
("mail exploders"、時に"listservs"と称される)、"newsgroups"、
"chat rooms"、"World Wide Web"である。
  これらの方法は全て、文字の送信に用いる事ができ、ほとんどのものが、音声、
画像、そして、動画の映像を送信する事ができる。要約すると、これらの手段は、
そのユーザに「サイバースペース」として知られるユニークなメディアを構成し
ており、それは特定の地理的な位置に何ら所在することなく、しかし、誰でも、
そして世界中のどこででもインターネットにアクセスすることにより利用するこ
とができるものなのである。E−メイルにより個人は、一般にノートや書簡に類
似した電子的メッセージを他の人やグループのアドレスに送信することが可能と
なる。メッセージは電子的に蓄積され、その受取人が「メールボックス」を確認
するのを待っていたり、ある種のプロンプトにより受取人にメールの着信を知ら
せたりする。
  mail explodersとは、一種のE−メイル・グループである。参加者が共通の
E−メイル・アドレスにメッセージを送ると、それはそのグループの他の参加者
に送信されるのである。ニュースグループもまた特定の参加者に対するものであ
るが、その投稿は参加者のみならず、それ以外の人にも読むことができる。この
ようなグループが数千あり、それぞれが特定の話題についての情報や意見の交換
をすすめるのに役立っている。そして、その話題は、ワグナーの音楽からバルカ
ンの政治、エイズ予防、シカゴ・ブルに至るまで、あらゆる領域に及んでいる。
  毎日、約10万の新たなメッセージが投稿される。ほとんどのニュースグルー
プでは、一定の期間になると投稿が削除される。投稿してから後で読まれること
になるメッセージよりも、さらに、複数の人の間でより直接的に交信することを
望むのであるならば、リアルタイムに対話を行う、つまり、互いにタイプをした
メッセージが相手のコンピュータの画面にほとんど同時に写しだされる
chat roomsに参加することができる。地裁は、いかなる時点においても、
「数万のユーザがきわめて広範にわたる話題について会話を行っている」と裁定
した(6)。「インターネットの中身とは人間の思想に相当するほどに多様である
と結論しても何ら誇張はない」(7)のである。インターネットをめぐるコミュニ
ケーションでもっともよく知られているものが、 World Wide Webである。
  ウェブにより、ユーザは、ある場合には指定したサイトから情報を呼び寄せる
ことはもちろんのこと、遠隔にあるコンピュータに蓄積された情報を探したり、
検索することができるのである。具体的に言うならば、ウェブとは世界中の様々
なコンピュータに蓄積された膨大な量のドキュメントからなっている。これらの
ドキュメントの中には、情報を含んだファイルにすぎないものもある。しかし、
一般にウェブの「ページ」として知られるより精巧なドキュメントもまた普及し
ている。それぞれが固有のアドレスというか、「むしろ電話番号のようなもの」
(8)を持っている。ウェブのページは情報を含むものもあれば、来訪者がそのペ
ージ(もしくはサイト)の作者と交信することができるものもある。それは、ま
た、一般に、他のサイトの作者により作られたドキュメントや、他の(普通は)
関連するサイトとの「リンク」を含んでいる。典型的には、リンクは青もしくは
下線のある文字、あるいはイメージで表示される。ウェブを航行するのは簡単な
ことである。

  ユーザは、知っているページのアドレスをタイプするか、関心のあるテーマに
ついてのサイトを探し当てるように働く商業的な「サーチ・エンジン」に一つか
それ以上のキーワードを入力すればいいのである。あるウェブ・ページには「サ
ーファー」が見つけてきた情報があるかもしれないし、あるいは、そのページの
リンクを通じて、インターネット上のどこであれそこに所在する他のドキュメン
トへの経路となるかもしれない。ユーザは、普通、ページのアイコンやリンクの
一つをコンピュータのマウスでクリックすることで、あるウェブのページを探査
するか、あるいは、他へ移動する。ほとんどのウェブのページへのアクセスは無
料で利用できるが、中には商業プロバイダーから利用権を購入したものにのみア
クセスを許すものもある。このようにウェブは、ユーザの観点からすると、すぐ
に利用でき索引が付けられた何百万の出版物を持つ巨大な図書館や、商品やサー
ビスを提供する遊歩道に匹敵する。出版者の観点からすると、それは、読者、視
聴者、研究者、そして購買者という数百万の世界大の聴衆に呼びかけたり、聞い
たりするため巨大な演壇なのである。インターネットに接続されたコンピュータ
を持つどんな人や組織でも、情報を「出版」する事ができるのである。出版社は
政府の機関、教育機関、商業的な団体、特定の主張を唱える団体、個人を含む(9)。
  
  出版者は、その出版物をインターネットのユーザの全体に利用可能なものにす
るか、あるいは、その権利に代金を払う意志を持つような選ばれたグループにア
クセスを制限することができる。「単一の団体がウェブのすべてのメンバーを管
理するのでもなければ、個々のウェブ・サイトやサービスが妨害されるような集
権化した地点もない」(10)。 

猥褻物を公然と陳列しているデータ 

  インターネット上において猥褻物を公然と陳列しているデータは、文字、画像、
そしてチャットや「控えめで少しばかりいやらしいものから極度に猥褻なものに
至るまで」(11)
を含む。これらのファイルは猥褻物の陳列をしていないデータと同じ方法で、作
られ、名称が付けられ、そして投稿される。そして、意図的な、あるいは意図せ
ざる曖昧な検索の中で、アクセスされる。「プロバイダーは一度、インターネッ
ト上に投稿をすれば、その内容がいかなる社会に入ってゆくことも防ぐことがで
きない。」(12)。

  かくして、例えば、「UCRのカリフォルニア写真博物館が、新しい展示を知
らせるために、そのウェブ・サイトにEdward Weston とRobert Mapplethorpe
によるヌード写真を掲載すれば、それはバルチモアやニューヨークにまで伝わる
でしょう。これらの映像はロサンジェルスやバルチモア、ニューヨークのみなら
ず、シンシナティ、モービル、あるいは北京といったインターネットのユーザが
いるところであれば何処ででも、利用することができる。

  同様に、Critical Pathがそのウェブ・サイトに掲載したより安全なセックス
についての指導は、十代の若者がそれを理解できるように俗語で書かれているが、
それはフィラデルフィアだけではなく、Provoや、プラハでも利用する事ができ
る。」(13) 

  インターネット上で諸外国から発信される情報の一部にも猥褻物を公然と陳列
しているものがある(14)。このようなデータは広範に利用可能であるが、ユーザ
がこのような内容のデータに偶然に出くわすことはほとんどない。
 
 「通常、文書のタイトルやその内容は、その文書自体よりも先に分かるもので
あり、...そして、多くの場合、ユーザは、彼、もしくは彼女がその文書にア
クセスすることが必要となる前の段階で、そのサイトの内容について詳細な情報
を受け取るものである。猥褻物を陳列した画像のほとんど全ては、その内容につ
いての警告が前置きされる」(15)。従って、ユーザが偶然に猥褻物を陳列したサ
イトに遭遇する「確率はわずかである」(16)。

  ラジオやテレビによって受ける情報と異なり、「インターネットにおける情報
の受け手は、積極的な一連の段階を必要とし、それは単にダイヤルを回す以上に
より慎重かつ直接的なものなのである。子供は、情報検索を読解したり、そして、
それゆえに付き添ってくれる人なしでインターネットを利用したりするためには、
ある程度高度な知識や能力が必要とされる」(17)。
  インターネットに接続された家庭のコンピュータで利用できるデータを、親が
管理するためのシステムが開発されている。そのシステムは、何らアダルト情報
を含まないということが解っているようなあらかじめ許可された情報源のリスト
にコンピュータのアクセスを限るとか、あらかじめ指定した不適当なサイトへの
アクセスを遮断したり、あるいは、好ましくないとみなされたものを含むメッセ
ージを遮断しようとしたりする。「親が管理するためのソフトは、現時点におい
て、指定しておいたある種の言葉や、すでに猥褻物を公然と陳列していることで
知られているサイトを遮断することはできるが、そうしたこと(事前の言葉の指
定やサイトについての知識)をしないで猥褻物を陳列した映像を、直ちに遮断す
ることはできない」(18)。

  それにもかかわらず、地裁の証拠は「猥褻物を陳列したデータや、親が子供に
は好ましくないと考えたデータに子供がアクセスすることを防ぐことができる手
頃で有効な方法は、間もなく実用できるようになるであろう」(19)と示している。 



  年齢の照合  

  年齢の照合の問題はインターネットの多様な利用に応じて異なる。地裁は
「E−メイル、mail exploders、ニュースグループやchat roomsを通じてデー
タへアクセスしてきたユーザの身元や年齢を確定するのに有効な方法は全くない」
(20)明確に裁定した。政府は、そのようなフォーラムの受容者や参加者を年齢に
っよって選択するのに信頼できる方法があるという証拠を全く提示していない。
  
  さらに、たとえ、「下品な」あるいは「公然と無礼な」誘因を顕在化させかね
ないような芸術、政治、あるいは他のテーマについての議論を含んだニュースグ
ループやchat roomsへの未成年者のアクセスを防ぐことが、技術的に可能だから
といって、そのようなデータへの未成年者のアクセスを排除するわけにはいかな
いし、そして、排除しても、「それ以外のデータ、たとえ、その圧倒的多数が下
品ではないものであろうとも、それへの彼らのアクセスは可能なのである」(21)。
  ウェブ・サイトの管理者が、例えば、クレジット・カードのナンバーとか成人
であることを証明するパスワードといった情報の要求により照合することをアク
セスに条件づけるような技術は存在する。しかしながら、クレジットカードによ
る照合は、カードが用いられるような商取引に関することや、照合機関に対する
支払いにおいてのみ実現可能である。年齢証明の代用としてクレジット・カード
を用いることは、非営利のウェブ・サイトに支出を課すこととなり、その多くに
閉鎖を要求することとなろう。
  この理由から、本裁判の時点では、クレジット・カードの利用は「インターネ
ットに内容を提供している多く人にとって、事実上利用することができない」前
文、846(事実認定102)。さらに、このような要請を課すことは、「クレジット
・カードを持っておらず、そして、それを所持するのに必要な財産がない成人を、
照合により封鎖された全てのデータにアクセスすることから完全に除外すること
になる」(22)。

  ユーザのアクセスに課金するような営利目的のサイトは、年齢照合の方法とし
てパスワードをユーザに割り当てている。これらの技術の信頼性について、この
記録は何らの証拠を含むものではない。たとえ、パスワードが、下品なデータを
扱う営利目的の情報屋にとって有効なものであろうとも、地裁は、二つの理由か
ら、成人パスワードの要求は、非営利のサイトに重大な負担を課すことになると
した。

  つまり、成人パスワードの要求はユーザにそうしたサイトへアクセスする意欲
を失わせ、そして、そのような審査システムを造りだし、維持する費用は「ユー
ザの手の届く範囲を越える」(23)こととなるからである。要約すると、地裁は以
下のごとく判決した。 「たとえクレジット・カードによる照合や成人パスワード
による照合が実行されようとも、政府は、パスワードやクレジット・カードのシ
ステムが、それを持つユーザが実際に18歳以上であることを、いかにして確証
することができるかについて、何ら証明を示していない。クレジット・カードに
よる照合や成人パスワードによる照合システムにより課せられる負担は、インタ
ーネットに内容を提供している多くの人にとって、事実上、利用することができ
ないものである」前掲、(事実認定107)


 
            第2章


1996年公布された法律、電気通信
法の法104、110、56条はきわめて重要な法の制定であった。その序の103ペー
ジに述べられているように、その主たる目的は規制を緩和し、「新たな電気通信
技術の急速な発展」を促進することにある。この法の主たる構成要素は、インタ
ーネットと関係を持つものではなく、地域電話サービスの市場、マルチ・チャン
ネル・ビデオ(ケーブルテレビ)の市場、無線放送の市場での競争を促進するこ
とを意図したものであった。

  この法は7タイトルからなり、そのうち6タイトルは広範な委員会の公聴会の
結果であり、上院並びに下院の委員会によって作成された報告書についての討議
における主題であった。対照的に、「196年通信品位法(CDA)」として知
られるタイトル■は、公聴会が終了した後の執行委員会で付け加えられたか、あ
るいは議会の討議の間に改正案として提案された条項を含んでいる。上院で提案
された修正案が、本件において異議申し立ての対象となった二つの法規の発端で
あった(24)。

  これらは、正式には「下品な情報」の規定と「公然と失礼なものを陳列するこ
と」の規定と表記されている(25)。第一に、セクション223(a)(1997年補則)
における郵便法第47条の修正は、18歳以下のいかなる受取人に対しても、猥
褻かつ下品なメッセージを知りながら送ることを禁じている。直接関係ある部分
を示すと 
(a)誰であれ

(1)国家間もしくは海外との通信において....


(B)知りながら、電信の装置によって

   (i) 作成したり、創作したり、あるいは誘ったり、そして
   (ii)以下のことを伝えることを先導する猥褻もしくは下品ないかなるコメン
         ト、要求、示唆、提案、イメージ、あるいはその他の情報、その情報の
         受取人が18歳以下であることを知りつつ、そのような情報の作成者が
          訪問してきたものであれ、進んで得た情報であれ 
(2)パラグラフ(1)によって禁じられた活動のために利用されるという意図の
      下に、その管理下にある通信設備を、何らかの活動のために利用されること
      を、知りながら容認することは、第18条により罰金を課せられるか、ある
      いは2年未満の懲役に処せられるか、もしくはその双方を課せられる。 

 第2の規定、セクション223(d)は、知りながら公然と猥褻なメッセージを18歳
以下の人にも利用可能な方法で、送信したり、陳列したりすることを禁じたもので
ある。以下にそれを示す。

 (a)誰であれ

(1)知りながら、国家間もしくは海外との通信において
 (A)特定の人物もしくは18歳以下の人に送信するために、相互接続のコンピュ
      ータ・サービスを利用すること、あるいは
 (B)18歳以下の人にも利用可能な方法で陳列するために、何らかの相互接続の
      コンピュータ・サービスを利用すること そのようなサービスの利用者が訪問
      してきたものであれ、進んで得た情報であれ、現代社会の規範に照らして公
      然と猥褻なものという観点において、性的もしくは排泄の行為あるいは器官
      を、その文脈において描くか述べたりしたいかなるコメント、要求、示唆、
      提案、イメージ、あるいはその他の情報、もしくは、 
(2)パラグラフ(1)によって禁じられた活動のために利用されるという意図の下
     に、その管理下にある通信設備を、何らかの活動のために利用されることを、
     知りながら容認することは、第18条により罰金を課せられるか、あるいは2
     年未満の懲役に処せられるか、もしくはその双方を課せられる。 これらの禁
     止の幅は二つの積極的な防御により制限されている。
     セクション223(e)(5)参照(26)。
       一つは、禁じられた情報に未成年者がアクセスすることを制限するために
    「誠実かつ合理的にして有効で、適切な行動」をとる人々を防御するものであ
     るセクション223(e)(5)(A)。もう一つは、例えばクレジット・カードによる
     照合あるいは成人であることを証明するナンバーやコードといった年齢の証
     明にある種の指定された方式を要求することによりデータを見せないように
     することでアクセスを制限する人々を擁護するものである
     セクション223(e)(5)(B)。



            第三章

  大統領が法律に署名した直後、20人の原告が、合衆国司法長官と 司法省にたい
して223(a)の合憲性を問う提訴を行った。その 一週間後、地方判事バクウオ
ルター氏は、「下品な、わいせつな (indecent)」という語は刑事訴追の
要件を可能にするには 曖昧すぎるという考えに基づき、わいせつな通信に適用する
限り 223条の執行力にたいして一時的な制限を加えることにした。 
  2番目の提訴は{更に}27人の原告が行い、{この二つは 結び付けられ}そし
て、561条に基づき、三人合議裁判が 招集された。証拠聞き取りのあと、法廷は
問われていた両方の 条項の強制力に対して予備的差止命令を言い渡した。三裁判官
は それぞれ別の意見を述べているが共通している。 
  Sloviter氏は 「CDAにより物質的、潜在的におおわれたオンラインの 範囲の
広さ」を規定している政府の利益の強さに疑問を持っている。 しかしその利益が
{物質}の一部について強制していることを 認めた。(929 F SUPP AT 53) にも
かかわらず同氏はCDA法が 必要以上の範囲をおおっており、それゆえ{成人の表
現を凍らせている?} 「明らかに不快」と「下品 わいせつ」が 「明らかに曖昧」
と 結論づけた。 Id at 854 また続けて定義つけている。 積極的な防御は多くの
接続業者にとって 技術的にも経済的にも可能ではないと。そして、 接続業者は 
情報に「タッグつけ」をする ことにより、潜在的読者が 望まない情報を画面に出
せるようにして 責任を回避しているという議論を、考慮して否定している。

 証拠により明らかになったインタネット通信の特別な属性から、
修正一条は上院にたいしてインタネット上で保護された表現の中身を規定する権利
を否定するものだとダルゼル判事は確信した。彼の意見により、同法が重大に保護
された言論(特に非商業的な話者による)を奪い、一方商業的ポルノ写真家が比較
的影響を受けずにいられるかの理由が説明された。ID at 879 彼は我々の事例を、
大量伝達規定の分析にたいする特別な接近を求めていると定義つけた。ID at 873 
またインタネットは大量表現の最も参加しやすい形態で既に発達しており 
id at883 政府の介入から最大限の保護を受ける権利があると定義づけた。

   地方裁は、インタネットが明らかに不快な通信に関係する限りにおいて 223
 d (1) (2) にある執行禁止を政府に命じた。しかし法により禁じられている猥褻
なものや幼児ポルノへの調査と遂行の権利は保護した。また223 (1) (2) の執行に
たいする差し止め請求は資格なしとした。何故ならこれらの規定はわいせつ、幼児
ポルノの参照となる分け目を含んでいないからである。 第六段落 政府は、同法の
特別判断条項 561 110 stat 412 413 のもと上告した。そして可能的司法権につ
いて述べた。519 us 参照(1996) この上告において、
「広くとらえすぎているという理由で修正一条違反、またあいまいだという理由で
 CDA法違反をしている」
という地方裁の誤りを政府は述べた。CDA法が修正一条の幅広い内容に関連して
いるという理由で、その曖昧さについて述べている一方で、我々は判決が修正五条
の内容に達せずに下されていると結論づけた。我々は政府が頼っている重要な判例
を評論することにより分析を始めた。そしてCDAが範囲を広げすぎていることを表
現した後、我々は政府の明確な論争を判断した。その中には、同法の配分を「約束
の分離」または同法範囲の法的制限の種類により留保しているという意見も含んで
いる。  



 第四章                     


第一段落   反論において、政府は、CDAがごくふつうに合憲であることを、過去
の三判例により論争を行った。 (1)Ginsberg vs Newyork 390 us 629 (1968) 
(2)FCC vs Pacifica Foundation 438 us 726 (1978) (3)Renton vs Playing 
Theatres Inc 475 us 41 (198 
しかし     これらの判例をさっと見ると、CDAの合憲性の疑いが無くなると
いうよりもむしろ疑問がわいてくる。 Ginsbergの例においては、ニューヨークの
法において、成人にとってわいせつでなくてもわいせつと判断される情報を17歳
以下の者に売ることを禁じていることの合憲性を主張した。被告が言う「性に関す
る情報を見たり読んだりするという、市民に保護された表現の事由の合憲性の目的
は、市民が成人か児童かということで判断されることはない。」という意見を否定
した。390 us at 636 この論争を否定することにおいて、我々は青年の幸福に、
州の独立した利益がかかわっているのみならず、親が子供を育て指導するために、
家庭において当局へ要求することは、社会の構造の中で基本であるという原理の、
不変の認識にも係わっている。(31) 四つの重要な面から、Ginsberg事件にお
けるニューヨーク法はCDAより狭いと言える。 
 第一に Ginsberg事件では、未成年への販売禁止は、子どものために雑誌をか
ってやりたいという親には禁じているのではない。 ID at 639 一方CDAのもとで
は、両親の同意や参加があるとしても条文の適用になる。(32) 
  第二に ニューヨーク法では商業上取引にのみ適用となるが (idat647) 
一方CDAにはそのような限定は含まれていない。
  第三に、ニューヨーク法は未成年
にとって害のある情報の定義は、未成年にとって社会的重要性を全く補うことのな
い要求によって狭められる。ID at 646 CDAにおいては、223(a)(1)で使われてい
る「下品な、猥褻な」という語の定義が何も示されていない。また重要なことは、
223(d)により範囲づけられた「明らかに不快な」情報が、ちゃんとした文学、芸
術的、政治的、科学的価値を欠いているという要求を省いていることである。
  第四にニューヨーク法では未成年を17歳以下と定義しているが、CDAでは、
18歳以下総てに適用し近い年齢も含んでいる。 三段落 パシフィカ事件におい
て、我々は連邦通信委員会の叙述的命令の合意を支持した。この中では、「下品
なことば」という題の12分モノローグ記録の放送というあらかじめ公開の聴衆
に流されたものであったが、行政の認可のもとにあった。 438 US at 730 この
ような、排泄、性交、器官に関する語のくりかえしの使用を子どもが見聞きして
いる午後の放送で行うことは、明らかに不快であることをみつけ、またモノロー
グは放送として下品であると委員会は結論づけた。被告は、その午後の放送が明
らかに不快との意見に異論を唱えなかったが、同放送が、好色なアピールを含ん
でいないという理由で、法の意味する「下品」でないと主張した。被告の、法令の
議論を否定した後、我々は二つの合憲性の議論に直面した。(1)委員会が、下品
な言論を禁止する当局というものを広く解釈しており   たとえ係争中の放送が
守られていなくてもその命令は廃棄されなければ   ならない。(2)記録が猥
褻でない以上、修正一条は、ラジオで放送する権利をおさえることを   禁止し
ている。 

第四段落  Powell Blackmun 両判事により否定された意見の側からすれば、多数
者は言論に係わる政府の規定総てを禁じるものではないと述べた。Id at 742 743
それゆえ猥褻でない、下品な不快なモノローグの合憲的保護の使用は放送の文脈に
よる。 Id at 744 48 通信のあらゆる形態である放送は、最も限られた、修正一
条の保護を受けていると言うことに係わり(Id at 748 749)裁判所は、子どもが
放送の内容に容易に接するということは、「Ginsberg事件で認識された内容を倍
増し」下品な放送に対する特別な処置をとる正当性を与えた。 

第五段落 
Ginsberg事件で係争中のニューヨーク法に関しては、パシフィカ法で支持した法
とCDAの間に重大な違いがある。 第一にパシフィカ事件の法は、数十年にわたり
ラジオ局を規制していた省庁により訴えがおこされた。それは 伝統的な放送内
容からの演出的な変更を表明した特別な放送を対象としていたもので、特別な手
段を用いてそのような放送を流すことが許されるかどうかというよりもいつ放送
されるかを規制するためのものであった。CDAの広い禁止領域は特別な時期に限ら
れてはおらず、またインタネットの独自な性質になれている省庁の評価に頼って
いるのでもない。 第二に CDA と異なり、委員会の叙述された法は罰則ではなか
った。我々は下品な放送が刑事訴追を正当化するかどうかを決めることをはっき
り断ってきた。 Id at 750   「すいません Finally 以下の一文どうしても
うまく訳せません」 しかしインタネットは争うべき歴史を持っていない。更に
、ある特別な情報に達するには何段階もの(受信者の)了解を必要としているこ
とから、偶然にでも下品な情報にあう危険性は少ないと地方歳は述べた。 

第六段落 
 Renton事件では、住宅地から成人映画館を排除する区域を支持した。同法の目
的は 映画館で放映される映画の内容ではなく、むしろ「二次効果」例えば 犯
罪や映画館が促進する悪いことの価値の排除であった。区域規制が避けようと目
指していたことは二次効果なのであって、下品な表現の広がりを禁じたのではな
い」 475 US at 49 (quoting Young vs American Miami Theatres Inc 427 
US 50 71 34 (1976) 
  政府によれば、CDAは合憲でありその理由は、同法がインタネット上にある種の
 cyberzoingを設けているからとしている。そしてCDA法の目的は表現の「二次」
効果よりむしろ 「下品」と「明らかに不快な」表現という一次的効果から児童
を守ることにある。それゆえ、CDAは総括的な表現規制を根底においており、さら
には、「時間、場所、方法の規制といste分析されない」のである。 475 US 
at 46 また 参照(Boos v Barry 485 US 312 321 (1988) 聴衆に対する表現の
直接的影響を焦点にした」規定はRenton事件では分析されなかった) Forsyth
 County v Nationalist Movement, 505 US 123 134 (1992) 表現に対する聞
き手の反応は規定の根本にはなかった。  そうして これらの被告は CDA支持
を我々に要求しなくなり、条項の最有力な見方の適用に一致をみた。
 



  第5章             V

 Southeastern Promotions, Ltd. v. Conrad, 420 U. S. 546, 557 (1975)におい
て、「それぞれの表現メディアはそれぞれ特有の問題点を持っている」ことが分かっ
た。従って、我々の抱えるケースのいくつかは、放送メディアの規制という点で、特
に正当性が認められるものもあるが、それは別の発言者には該当しないものである(
Red Lion Broadcasting Co. v. FCC, 395 U. S. 367 (1969); FCC v. Pacifica Foun
dation, 438 U. S. 726 (1978)を参照)。これらのケースにおいて、法廷が念頭に置
いたのは、放送メディアの政府による広範な規制の経歴(たとえば Red Lion, 395 U
. S., at 399-400を参照)、放送開始の際に利用可能な周波数の不足(たとえばTurn
er Broadcasting System, Inc. v. FCC, 512 U. S. 622, 637-638 (1994)を参照)、
放送の持つ「侵略的な」性格(Sable Communications of Cal., Inc. v. FCC, 492 U
. S. 115, 128 (1989)を参照)であった。



こうした要素は、cyberspaceには見受けられない。CDA法成立の以前も以後も、イン
ターネットに広がる膨大な民主的フォーラムは、政府による放送産業の監視・規制の
対象とはなってこなかった。(33) さらに、インターネットはラジオやテレビのよう
に「侵略的」ではない。「インターネットの上の通信は、招かれないのに、個人の家
庭に、あるいは人のコンピュータスクリーンに『侵略する』ようなことはしない。利
用者が、『全く偶然に』、こうした内容に遭遇するということもない。」(929 F. S
upp., at 844 (finding 88))と、はっきりと連邦地裁は指摘している。また、「ほ
とんどすべての、あからさまに性的な画像については、内容に関する警告が事前に提
示されている。」とも指摘し、「利用者が偶然に、あからさまに性的な光景に遭遇す
る『確率は低い』」(同上)という証言を引用している。



こうした見地から、我々は、Sable, 492 U. S., at 128とPacificaを区別するもの
である。Sableでは、性行為を目的とした録音済みの電話メッセージ(一般に「dial-
a-porn」と呼ばれる)を提供する事業に従事する一企業が、品が悪くかつ猥褻な、各
州にまたがった商業的通信メッセージ一般の禁止を強要する通信法改正は違憲である
と申し立てた。我々は、猥褻なメッセージに適用される限り、当該法令は合憲である
が、品の悪いメッセージへの適用は有効ではないと判決した。品の悪い商業電話メッ
セージの全面禁止と有罪化を正当化するために、政府は、そうしたメッセージへ児童
がアクセスすることを回避するためには、禁止が必要であると主張し、Pacificaをそ
の根拠とした。成人の基準では猥褻に当たらないような、品の悪いメッセージから児
童を保護することにまで発展するような、「未成年者の身体的・精神的健康の保持に
対する強引な関心がある」(492 U. S., at 126)ことに我々は同意するが、Pacific
aでの我々の「断固として限定的な差し止め」は区別されるべきである。なぜならば
、それは全面的禁止には関わっていなかったし、別のメディアによる通信に関わるも
のであったからである(id., at 127)。我々は、「dial-itメディアは、聞き手に対
して、通信を受けるために相応の手順を踏むことを要求している」(Id., at 127-12
8)と説明した。さらに続けて、「電話をかけることは、ラジオをつけて、品の悪い
発言に驚かされることとは同じではない」(Id., at 128)と述べた。



最後に、放送業について、議会がはじめて規制を承認した時に広く行き渡った条件
とは異なり、インターネットは「不十分な」表現商品とは考えることはできない。そ
こでは、比較的無制限で低コストなあらゆる種類の通信機能が提供されている。政府
の見積もりでは「今日、4千万もの人間がインターネットを利用し、その数は1999年
までに2億人になると思われる」(34)のである。このダイナミックで多層なカテゴリ
ーをもつ通信には、伝統的な印刷・ニュース事業だけではなく、オーディオ、ビデオ
、静止画像ならびに対話式のリアルタイムな会話まで含まれている。チャット・ルー
ムを使えば、電話線を持っているものなら誰でも、それなりの発言力を備えた街頭演
説者になれるのであり、その声は現実の演説台から呼びかけることのできる範囲より
はるか遠くまで届くのである。Web ページ、mail exploders、newsgroupsを利用すれ
ば、同じ人間がパンフレット出版者にもなれる。連邦地裁が述べたように、「インタ
ーネット上存在する内容は人が考えるであろうことと同じくらい多様なもの」929 F.
Supp., at 842 (事実認定74)なのである。このメディアに連邦憲法修正第一条レベ
ルの監視が適用されるべきであるという論拠は我々のケースでは提供されていない、
というその結論に我々は同意するものである。



    第6章                       VI

連邦憲法修正第一条を侵害するほどにCDAが曖昧であるかどうかの点に関わらず
、その適用範囲についての多くの不明瞭さは、連邦憲法修正第一条の目的に照らして
問題を帯びている。たとえば、CDAの二カ所ではそれぞれ異なった言語表現が使わ
れている。最初には、「品の悪い(indecent)」という言葉が使われ(47 U. S. C.
A. sec.223(a) (Supp. 1997))、また別の時には「現代の社会基準に照らして明らか
に不快感を与えるとされる用語によって、性的な又は排泄の行為又は器官を文脈上描
写し又は記述する」 sec.223(d)マテリアルについての言及がある。どちらの用語に
も定義が行われていないことを前提とすると(35)、この言語上の違いは、双方の基準
の関連性(36)、ひいてはそれぞれの意味するところ(37) について、発言者の間に不
安感を惹起することになるだろう。バース・コントロールの実施、ホモセクシュアリ
ティ、Pacificaについての我々の見解によって生じた連邦憲法修正第一条問題、ある
いは刑務所内レイプの帰結などについてのまじめな議論がCDAを侵害することはな
いと、発言者は確信を持つことができるだろうか?この不確実さは、CDAが、有害
になるかもしれないマテリアルから未成年者を保護するという議会の目的のために、
注意深く作成されたのだという可能性を損なうものである。



CDAのあいまいさは、二つの理由から特別な関心の対象となる。まず、CDAは
発言の内容を元にする規制である。このような規制のあいまいさは連邦憲法修正第一
条に特に抵触する。なぜならば、この規制は明らかに言論の自由に対する負の影響を
持つからである。たとえば、Gentile v. State Bar of Nev., 501 U. S. 1030, 1048
-1051 (1991)を参照。第二に、CDAは刑法である。有罪判決が不面目・不名誉にな
ることに加えて、CDAは、違反行為について最高2年間までの投獄を含む刑罰で違
反者を警告する。刑法上の制裁がこのように厳しいことにから、発言者は簡単に沈黙
させられ、法律に反しているかどうか疑わしい言葉、考え、画像についてですら、情
報交換を行おうとはしなくなるかも知れない。たとえば、Dombrowski v. Pfister, 3
80 U. S. 479, 494 (1965)を参照。実際的な問題として、この強化された抑止効果は
、あいまいな規制の「差別的な強制の危険性」と相まって、Denver Area Ed. Teleco
mmunications Consortium, Inc. v. FCC, 518 U. S. ___ (1996)で批判された民間規
制が意味していたものよりもさらに大きな連邦憲法修正第一条に関わる問題を提起し
ているのである。



政府の主張は、本法廷がMiller v. California, 413 U. S. 15 (1973)で提示した猥
褻基準以上に当該法令があいまいなことはないとするものである。しかし、この主張
は当たっていない。Millerについて、本法廷は、あからさまに性的な活動を示してい
る写真を含むパンフレットを、そのようなマテリアルを請求していない個人に対して
郵送した業者に対して有罪判決を再審理した( Id., at 18)。猥褻さの定義を確立
しようとしばらく努力した我々は、Millerで、今日まで定説となっている猥褻さに関
するテストを発表した:

 「(a)現代の社会基準に照らして平均的な人物が、その作品全体を考えたとき、好
色な興味に訴えていると思うか否か;(b)その作品が、適用される州法によって明確
に定義されている性的行為を、明らかに不快感を与える方法で、描写または記述して
いるかどうか; (c)その作品が、全体として考えられたとき、まじめな文学的、芸術
的、政治的、科学的価値を欠如しているかどうか」Id., at 24 (文中の引用符・引
用は削除)。



CDAの「明らかに不快感を与える」基準(および、arguendo、つまり同意語的な
「品の悪いindecent」基準も考えに含まれる)が、3要件からなるMillerテストの一
部であるために、政府は同法令が憲法に違反するほどあいまいにはなっていないと理
由づけているのである。



政府の主張は、実際のところ正確ではない。Millerテスト3要件の第2、類似して
いると称される基準であるが、CDAでは省略された重要な条件が含まれている:禁
止される素材は「適用される州法によって明確に定義され」るのである。この条件は
、CDAが使っているような「明らかに不快感を与える」という広い解釈を認める用
語に固有のあいまいさを軽減している。しかも、Millerの定義は「性的行為」に限定
されるのに対して、CDAは (1)「排泄の行為」ならびに(2)性的または排泄行為、
双方の「器官」を含めるところまで範囲を広げているのである。



また、政府の論拠は不備である。3つの制限を含む定義にあいまいなところがなけ
れば、それ自身を支持するところの、これらの制限のいずれも、あいまいにはなり得
ない。(38)Millerのさらに2つの要件--(1)その作品全体を考えたとき、当該マテリ
アルが「好色な」興味に訴えていること、および(2) それが、まじめな文学的、芸術
的、政治的、科学的価値を欠如していること--は猥褻の定義が不確実なままに広がる
ことにはっきりとした限界を設けている。第2の条件は特に重要である。なぜならば
、「明らかに不快感を与える」とか「好色な興味」という基準とは違って、これは現
代の社会基準では判断されないからである。Pope v. Illinois, 481 U. S. 497, 500
(1987)を参照。この「社会的価値」の条件は、CDAには見られないものであるが、
社会的に償還できる価値についての国民的討議の場を、法律の問題として設定するこ
とにより、控訴裁判所は、当該定義にまつわるいくつかの制限や規制を課することが
できるのである。CDAの基準に対するこうした法的制限は法廷が与えることができ
るという政府の論点は、マテリアルが社会基準に照らして「明らかに不快感を与え」
ているかどうかを陪審員に決定させることになるため、Millerそのものの理論的根拠
に相反することになる:そのような問題は根本的に事実として考えられるべき問題な
のである。(39)



Miller及びその他我々の担当した先行ケースとは対照的に、CDAは、従って、言
論検閲のおそれを大いにはらんでいると考えられる。事実、それは当該法令の範囲を
逸脱するものである。当該法令の適用範囲のあいまいさのある概略を前提にすると、
その言論が憲法の保護を与えられているはずの発言者の何割かが、疑いなく沈黙させ
られることになる。そのような危険性は、当該法令が必要以上に広く適用されないよ
う強調する積極的な理由を与えている。もっと周到に起草された法令ならばそれを避
けることができるとしたら、保護された言論に与えるCDAの負担を正当化すること
はできない。



  第7章                     VII



CDAは、ある法令が言論内容を規制する時に連邦憲法修正第一条が要求する精密
さを欠いていると思われる。有害になるかもしれない言論に未成年者がアクセスする
のを防ぐために、CDAは事実上、憲法が成人に対して、お互いにそれを受けたり送
ったりする権利を保障している膨大な言論を抑圧するのである。当該法令が奉仕する
ために制定された合法的目的に対して、より規制の軽い別の法令が少なくとも同程度
に効果的である場合には、成人の言論に対するこの負担は受け入れることができない。



成人が自由に言論する権利を評価するに当たり、「品が悪いものではあるが猥褻に
は当たらない性的表現は連邦憲法修正第一条で保護されている」ことを我々ははっき
りと認識する必要がある。Sable, 492 U. S., at 126。また、Carey v. Population
Services Int'l, 431 U. S. 678, 701 (1977)を参照。(「猥褻さが関係していない
場合には、保護された言論は、そのような抑圧を正当化しないものにとって不快感を
与えかねないという事実を、我々は一貫して判定してきた。」)実際、Pacifica自身
が、「言論が不快感を与えると社会が考えるという事実は、それを抑圧する十分な理
由ではない」ことを警告したのである。438 U. S., at 745。



児童を有害なマテリアルから守ろうとする政府の関心を、我々が繰り返し認識した
ことは真実である。Ginsberg, 390 U. S., at 639; Pacifica, 438 U. S., at 749を
参照。しかし、成人に向かって発せられた言論を不必要なほどに広く抑圧することは
、その関心によって正当化さるものではない。我々がすでに説明したように、政府は
「成人層を、児童に最適のレベルへおとしめ」てはならないのである。Denver, 518
U. S., at ___ (slip op., at 29) (内部の引用符を削除)(Sable, 492 U. S., at
128を引用)。(40)児童を保護するという「政府の関心の強さに関わらず、郵便ポス
トに届く通信のレベルは、砂遊びの箱にちょうどいいようなレベルに限定される必要
はまったくない。」Bolger v. Youngs Drug Products Corp., 463 U. S. 60, 74-75
(1983)。



Sable. 929 F. Supp., at 854で無効とされた「dial-a-porn」の禁止とCDAは事
実上等しいとした連邦地裁の結論は正しい。Sable, 492 U. S., at 129で本法廷は、
冒険的な青年たちが品の悪い通信にアクセスするのを防ぐためには、まさしく全面禁
止が有効であるとした議会の判断に我々は従うべきであるという主張を拒否した。Sa
bleは従って、児童が明らかに性的なマテリアルにさらされることのないよう保護す
るという重要な目的のために立法化された言論に関する法令規制は、その正当性に関
する疑念まで事前に解決しているわけではない、という単純な事実を明らかにした。
(41)前回の開廷期に指摘したとおり、この疑念は、「不必要に大きな言論規制を課さ
ずに」目的を達するような法令を議会が設計したのだということをたしかめるという
、「いやがうえにも大きな責任」を具体化したものなのである。Denver, 518 U. S.,
at ___ (slip op., at 11)。



CDAは成人のコミュニケーションをそれほどには減らさない、との主張の際に政
府が用いたのは、未成年者が受け手に含まれると分かっている場合のメッセージ伝達
を禁止したからといって、成人と成人の間のコミュニケーションは妨害を受けること
はないという、正しくない事実前提である。連邦地裁の事実認定は、この前提が支持
できないことを明らかにした。ほとんどのメッセージの潜在的な聴衆の規模を前提に
すると、実行可能な年齢確認手続きが存在しない場合に、1人かそれ以上の未成年者
がそれを見る可能性があると知っていた、ということで送り手は罰則を受けることに
なる。たとえば、100人のチャット・グループの1人かそれ以上のメンバーが未成年
者である--従って、当該グループに対して品の悪いメッセージを送ることが罪に当た
る--ということになれば、成人間のコミュニケーションには明らかにブレーキがかか
ることになる。(42)



過渡期にある既存の技術では、インターネット上の通信の送り手が、未成年者のア
クセスを防ぎつつ、成人によるアクセスは拒否しないですむような方法は備えていな
いことを、連邦地裁は認定した。連邦地裁は、e-mail、mail exploders、ニュースグ
ループ、あるいはチャット・ルームへアクセスしている利用者の年齢を調べるのに役
立つ方法はないことを認定した。929 F. Supp., at 845(事実認定90-94)。実際問
題として、Webサイトを持つ非営利--ならびにいくつかの営利--発言者にとり、利用
者が成人あることを確かめることは極めて高くつくことも連邦地裁は認定した。Id.,
at 845-848(事実認定95-116)。(43)これらの制約は、かなりの量のインターネット
上の成人による通信を疑いもなく削減することになるに違いない。一方、連邦地裁は
、「そうした制限にもかかわらず、現在の利用可能なユーザー・ベース(訳注:前8
文字強調)のソフトウェアは、あからさまに性的なものや、両親(訳注:前2文字強
調)が子供には不適当であると信じる内容のものに彼らの子供がアクセスすることを
、両親(訳注:前2文字強調)が防ぐことができるようになる十分に効果的な方法が
間もなく広く利用可能になることを示唆する」と認めた。 Id., at 842 (事実認定7
3)(強調点が追加されている)。



CDAの適用対象の広さはまったく前例のないものである。GinsbergおよびPacific
aで支持された規制とは異なり、CDAの範囲は商業的言論や営利団体に限られてい
ない。その広い解釈を認める禁止は、品の悪いメッセージを投稿したり、未成年者の
前で自身のコンピュータにそれらのメッセージをディスプレイする一切の非営利団体
や個人を包含する。「品の悪い」とか「明らかに不快感を与える」など一般的かつ未
定義の用語では、まじめな教育的あるいはそれ以外の価値を持つポルノグラフィとは
呼べないマテリアルの大半が対象となる。(44)さらに、「社会基準」という基準はイ
ンターネットに適用された時点で、全国レベルの聴衆が利用できる通信はどんなもの
でも、当該メッセージで不快感を与えられる可能性が非常に高い社会の基準によって
判断されることになる。(45)

規制対象の問題は、政府の専門家がその使用は重罪にあたると認めたところの、Pac
ificaの独白で用いられていた7つの「卑わいな言葉」のすべてを含む。Olsen Test.
, Tr. Vol. V, 53:16-54:10を参照。さらには、刑務所内レイプやセイフ・セックス
の実用知識、ヌードを主題にした芸術的な画像、

おそらくCarnegie Libraryのカード目録、などに関する議論まで対象になることも
あり得る。



決定にあたって我々は、17才を通信相手とする一切の「品の悪い」あるいは「明ら
かに不快感を与える」メッセージを--そのメッセージがどんな価値を持っていたとし
ても、そして両親が認めているか否かに関わらず--全面的に禁止することを連邦憲法
修正第一条が禁じていない、とする政府の弁論を

受け入れる必要も拒否する必要もない。少なくとも明らかなのは、未成年を保護す
ることに対する政府の関心の強さは、この範囲の広い法令の適用範囲全般に均等に強
いわけではないということである。CDAのもとでは、親として判断して適切だと思
われるインターネット上の情報を自分の17才の子どもが入手するのに、家庭のコンピ
ューターを使わせた母親は、長期に刑期に直面するかもしれない。47 U. S. C. A. s
ec. 223(a)(2) (Supp. 1997)を参照。同様に、自分の17才の子どもにe-mailを使って
大学新入生向けのバース・コントロール情報を送りつけた父親は、彼自身、彼の子ど
も、家族の構成員がそのマテリアルを「品が悪い」とか「明らかに不快感を与える」
と考えなかったにしても、大学コミュニティが別の意見を持っていた場合には投獄さ
れることもあり得る。



この内容ベースの言論規制は広範なために、もっと規制の軽い情報ではなぜCDA
ほどの効果を上げられないのかを政府に説明させることがとくに必要となる。いまま
でのところ、そのようにはなってこなかった。本法廷での論争で言及されたのは、品
の悪いマテリアルには、家庭に持ち込まれるマテリアルの親による管理を可能にする
ような「タグ」をつけることを条件づけること、芸術的・教育的価値のあるメッセー
ジには例外を設けること、両親が選択できる許容範囲を与えること、チャット・ルー
ムなどその他とは異なって、インターネットのある程度の部分--商業的webサイトな
ど--を規制することなど選択可能な代替案である。特に、議会による詳しい事実認定
がまったくないこと、あるいはCDA特有の問題を述べた意見聴取さえもないことを
鑑みると、かりにもそのような条件に意味があるとしたら、CDAは範囲を限定して
作成されてはいないと、我々は考える。





第8章


CDAの表現上の広がりを制限する試みとして、政府は当該制定法の規制を肯定
するために3つの追加的議論を主張している。

(1)CDAが合憲である理由は、コミュニケーション手段として、十分な「代
用のチャンネル」を広く残しているからである。
(2)当該法令の「知識」「特定の人」という要件の明快な意味内容は、これら
の可能な適用範囲を、制限することを意味している。そしてさらに、
(3)当該法令の諸規制は「ほとんど常に」社会の価値を回復することに乏しい
ものに限定されている、というものであった。すなわち、

  政府がまず最初に主張している議論は、CDAが、より効果的に広範囲にわた
って検閲を行っているにもかかわらず、すなわち、インターネット上に工夫され
た多くの伝達様式である、チャットグループ、newsgroupsニュースグループ、
mail explodersメール配送システム、などといったおおくのものを効果的に検
閲するというものであるにもかかわらず、それでも合憲であると主張する理由は、
同法令が発言者に対してthe World Wide Webワールドワイドウェブ上での、
ほかの制限的言論を保証するといった「合理的な機会」を提供しているからだ、
ということである。 上告理由書第39。
  この議論は、CDAがインターネット上の表現の基礎をとなる言論内容そのも
のを制限している点で説得的ではない。
  「時、場所、方法」の分析方法は、適用されないのである(Consolidated 
Edison Co. of N. Y. v. Public Serv. Comm'n of N. Y., 447 U. S.  530, 
536 (1980).参照)。それゆえ、WEB上でそうした制限的な表現の自由が利用
できるかどうかは重要ではない(政府の独自の専門的見解によれば、仮に、発言
者の権利がWEBサイトを利用することができなくなれば10,000ドルのコ
ストがかさむことになり、その増加費用は運用のためのデータベースや年齢検査
のコストを含んではいないとされる)。  


  政府の立場は、法例が、個々人に書籍類を出版する自由をみとめておりさえす
れば、あるテーマに関してのビラを禁止することは許されるという議論と同じ立
場を取っている。
  その内容に関わらず、路上でのビラ配りを禁止した多くの法律が無効となった
が、われわれはその理由を次のように説明する。「適切な場所での表現の自由の
訓練がなされないときは、別のどこかで経験できるにかもしれないといった弁解
は許されない。」Schneider v. State  (Town of Irvington), 308
U. S. 147, 163 (1939).  参照。

  また、政府は、次のように主張する。CDAの 223(a) and (d)の双方におけ
る"knowledge" 「故意」の要件は、特に、223(d)にある  
the "specific child"「特定の児童」の要件とかみ合わされたときには、
CDAを、その漠然性という概念から救うものである、と。なぜなら、二つの
場合で禁止されるのは、18歳未満であることがわかっている者に対する
 indecent messages 不謹慎なメッセージの流布を禁止するものであるとし、政
府が強調するのは、transmitters  情報提供者に対して、成人に対し
indecent messages 不謹慎なメッセージの発信を差し控えることを要求する
ものではなく、ただ単に、こうしたものを18歳未満と認められるものに対して
発信するのを差し控えることも求めるというだけだ、というのである。上告理由
書24.

  この議論は、インターネットに含まれるチャットルーム、 newsgroups, 
ニュースグループ 、メール配信システム、そしてWEBといったものは、すべ
ての消費者に公開されているという事実を無視するものである。
  政府の、故意要件が成人間のコミュニケーションをかろうじて保護していると
の主張は、維持することができない。
223(d)における the "specific person" requirement「特定の人物」要件
に関するもっとも一般的な解釈によった場合でさえも、この法令を救済すること
はできない。この法令は、広範な検閲の権限を付与するものであり、すなわち、
indecent speech 不謹慎な言論の対象者が、自分は「18歳未満の特定の者」
すなわち17歳の少年であると自称して、ログオンすることによって、
  a "heckler's veto,"   野次馬の拒否権という形を取って、検閲を実現する
ことになるのが実際なのである。

  最終的に、われわれは政府の敗北にたいする、付随的な理由を見るに至ったも
のであり、それは、科学的な価値、教育的な価値、あるいはその他の社会的な価
値の回復は、必然的に、CDAの "patently  offensive" 明らかに不愉快 、
そして "indecent" 猥褻な の、禁止条項の埒外であるということである。


   第9章

  政府の主張する3つの残った議論は、223(e)(5)(免責規定)の弁護
に集中する。
  まず、the "good faith信頼, reasonable相当な, effective効果的、
and appropriate actions"適切な行動という条項に立脚して、政府は、
 "tagging"  表示行為を用いることにより、当該法律の合憲性が担保されると主
張している。この主張は、通信事業者が不謹慎なコミュニケーションに対してそ
の内容を示すことにより、符号化することを期待し、その情報の受け手において
適切なソフトウエアーを使うことにより、それらを排除することに同意するとい
うことを想定している。この要件、すなわちthe good faith action 信頼すべ
き行動は効果的であるはずだ、という想定は、この弁論を架空のものとした。
  政府は、このような提案されたscreening softwareフィルタリング
ソフトウェアは現時点では、まだ存在していないことを認識している。仮に、も
し存在したとしても、潜在的な利用者において、符号化した情報を実施に排除す
るかどうかは、知るすべはない。
  アメリカ中のすべての両親が the "tag," タグを利用して有害な情報を排除す
るということはありえないのだが、そうしたことがあるということを前提としな
い限り、情報提供者の行動が、効果的なものとなると考えることはことは、「合
理的」ではない。  

  第二、第三の議論は、223(e)(5)の後半に記載されている要件に対し、
政府がそれを便りにしている点に関するものであり、これらは、事業者がクレジ
ットカードによる検査、あるいは成人確認システムによるアクセスの規制を行っ
ている場合に適用できるものである。
  こうした検査は、ただ単に技術的に利用可能というだけではなく、明示的な性
的情報を提供する商業プロバイダーにより実際に利用されるものでなければなら
ない。こうしたことによりこうしたプロバイダーが、この防御方法により、保護
されうるのである。
  しかしながら、地方裁判所の事実認定においては、こうした検査方法は、ほと
んどの非営利的な情報提供者にとり、採用できるほど経済的なものになってはい
ない。
  それゆえ、この防御方法は、非営利的な表現における法令の定める責任を重要
なまでに限定することはできない。こうした防御方法によって守られるはずの商
業的ポルノ写真家たちを考えたときも、政府は、こうした検査技術が、自らを成
人と偽る未成年者を実際に排除するということの証拠を何一つ挙げることができ
なかった。
  情報提供を行うプロバイダーに覆い被さる刑事処罰の危険性は、諺に言うとこ
ろの、 sword of Damocles,ダモクレスの剣である。

  地方裁判所は、未来の技術によりかかって法令を合憲とすることを、正当に拒
否したのである。
  政府は、こうして、成人の表現の制作に対する、不愉快な表示の禁止条項によ
る過大な責任を効果的に限定するという防御方法の提供があるという点において
立証に失敗したのである。  

     
  われわれは、地方裁判所の次の結論に同意する。CDAは、保護的な表現に対
して、容認することのできない過重な責任を課しており、さらに、その主張は、
明らかに無効な違憲条項を救済する「厳格解釈」の方法論をも構成していない。
 Sable事件では、 492 U. S., at 127,
  われわれは、重要な論争における言論の制限は、「ブタを焼くために家を焼く」
ことになる。
  CDAは、言論の自由に対し暗い影を投げかけ、インターネット社会における
大きな階層の昂揚を脅かすものである。  


  
第10章
  
口頭弁論において、政府はその最終的な地位に戻り、それに固執した。もし、こ
の法廷がCDAが不十分な構成であると結論づけるとすれば、われわれは法令の
判断に当たり、分離可能な条項の尊重により確保し(see 47 U. S. C. 608)、
不可分な用語を厳密に解釈することで、その合憲性を守るべきである。ある観点
からはこの議論が受け入れられるものである。
  分離可能な条項は切り離せる限り、文字どおり解釈する必要がある。われわれ
は、608条にしたがって、その法令があるがままにおいて、その法令の憲法的
文理的要素を完全に残すようにしなければならない。

   The "indecency" provision,不謹慎条項  47 U. S. C. A. 223(a) 
(Supp. 1997)  は、一切のコメント、要求、提言、提案、イメージ、その他の
通信において卑猥な、不謹慎なものに対し適用される。
(この部分が強調された。)
  被上告人は、修正第1条が適用されないことから完全に禁止することの可能な、
わいせつな表現に対するこの法令の適用に対し、争うものではない
( Miller判決参照, 413 U. S., at 18.)。
  この法令に示されているように、"obscene"卑猥・猥褻な情報に対する制限は、
われわれが違憲と判断した、"indecent"不謹慎なものに対する制限とは厳格に
文字どおりに区別されて、適用される。それゆえに、われわれは、この法律から
 "or indecent"「もしくは不謹慎な」という用語を排除することによって、22
3条(a)のほかの残りの部分を維持することができる。しかし、この観点以外
には、223条(a)、223条(d)を文理的解釈から有効にすることはでき
ない。

  政府は、さらにもう一つの追加点にも力点を置く。CDAの分離可能な解釈の
伝統的な面に限らず、47   U. S. C., 608条は、憲法上許されるであろう「他
の人々、他の状況」に対する適用において、法令の違憲を判断した法廷がCDA
を無効としないように再調査を求めている点を指摘する。

  それ以上に、この法廷の勧告を実施するに際して、"countervailing 
considerations,"補完的な考察が欠如し、この法令が広範に過ぎて、無効で
あると判断しなければならない、さもないと、そのままの状態で放置されてしま
う、ということになる。 Brockett v. Spokane Arcades, Inc., 472 U. S.
 491, 503・04 (1985).参照。この議論には、二つの欠陥が存在するのである。

  まず、この法律は、われわれの再審査の促進の管轄権を付与しているのである
が 47 U. S. C. A. 561 (Supp. 1997)、それは同時に、文理上の判断にその
管轄を制限している。561条に従い、原告らは本件訴訟を提起し、3人の合議
体の裁判官は、文理的な審査として審理し判決をおこなった。この特殊な体制に
あって、この訴訟を、現実に適用された事件に変更する権限は誰にもない。それ
だけではなく、原告団のきわめて多数に上っている事実、原告らの公表された行
動の範囲においても、更には、法令の曖昧さなどは、当該法令の一定の適用にお
ける司法上の判断を行うというわれわれの地位を現実的に限定している。

  今一つは、Brockett事件において言及された補完的な考察の一つが、この事件
にも存在する点である。文理上の審査を検討すると、本法廷は、その法令の解釈
として、その法令がもっとも影響される形の限定的な構造を、押し付けることに
なり兼ねない( Virginia v. American Bookseller's Assn., Inc., 484
 U. S. 383,     397 (1988). See also Erznoznik, v. Jacksonville,
 422 U. S. 205, 216 (1975)
 ("readily subject" to narrowing construction)。             
  限時立法ではないCDAは、その適用範囲に関して何ら制限を設けておらず、
その説明もない。

  したがって、この事件は、法令の制限限定解釈によって判断するというものと
は異なり、その文脈において、あるいは制定議会の意図といった情報をもとに、
この法廷で確定できる明確な基準を確定することである。 
Cf., e.g., Brockett, 472 U. S., at 504・05(lust)欲望という単語
の広がりのみによって猥褻関連法令が無効になるため、この語は、現実に、効果
的に法令から排除される)。 United States v. Grace, 461 U. S. 171, 
180・83 (1983) 
(公的な歩道の広がりのゆえに表現の自由を制限している連邦法の無効は、歩道
とそれ以外の場所とが、建築物や、地面、それらの中にいる人々を保護すること
を目的にするという議会の意思と合致するような明確な基準を描くことができる
かが問題となる)。そして、むしろ    United States 
v. Treasury Employees, 513 U.S. 454, 479, n. 26 (1995),におけるわれわ
れの判決が適用可能である。その場合、過度に広範な法律が対象とするいくつか
の言論の範疇の相互間に、いくつかのつながりを持たせるといったことはできな
いし、議会が新しい一つもしくは複数の境界がどこに引かれるべきであるかにつ
いて、一貫しない表示をおこない、「そうすることによって」立法の分野への大
きな深刻な越権を呼び込んでいるのである。

  法廷は、憲法の要件に合致するように法律を書き直すことはできないのである。
 American  Booksellers, 484 U. S., at 397.(50)参照。



第11章

  この法廷において、地方裁判所においてではなく、政府は次のように断言する。
児童を保護するということの重要性と、インターネットの成長をささえるという
重要性は、同等な重要性があり、両者は、ともにCDAの合憲性を支える独立の
基礎となっている、と。上告理由19

  政府は、インターネットにおける "indecent" 不謹慎、そして
 "patently offensive" 明らかに不愉快といった情報が、無数の市民に対し、
彼ら自身に対し、あるいは彼らの子供たちに対し有害な情報の公開であるという
危険を理由に、この情報手段から遠ざける結果になるというのが、自然の成り行
きであると、はっきりとのべている。  

  われわれは、この議論は、あまりにも説得的ではないと考えている。
  この、まったく新しい思想の自由市場の、劇的な展開は、この議論の事実的な
基礎を完全に否定する。インターネットの成長が存在し、驚異的に成長しつづけ
ていることは、その記録の証明するところである。

  伝統的な憲法上の問題として、この反対論が証拠を提出することができないと
いうことにより、われわれは、言論内容に対する行政的な規制は、思想の自由な
交流に対し、それを促進するというよりも、むしろより制限的であると推定する
ことになる。

  民主的な社会における表現の自由の促進の重要性は、検閲による論理上の、し
かし証明されてはいない利益というものに、勝るものである。

  かくなる理由により、地方裁判所の判決は下された。

  そのように命じられた。
  



少数意見


O`CONNOR`S  OPINION

   
   アメリカ合衆国最高裁判所         



                                                         No. 96・11

アメリカ合衆国司法長官JANET RENO   対   上告人 アメリカ自由人権協会 

      [June 26, 1997]

 O'Connor判事は、判決に対し、その一部に同意し、一部に異議を唱えたもので
あり、この意見には最高裁判所長官も賛成している。


  私は、1996年の通信品法(CDA)は、議会による "adult  zones" 
成人領域の作成の試みであるとしか思えないので、その理由をかき分けてみる。
  これまでの判例によれば、こうした領域の設定は合憲的に行いうるものであ
る。その目的における正当性にもかかわらず、CDAのある部分が違憲だとさ
れるのは、われわれの知る先例により、合憲的な雛形として  "zoning law"
地域設定法といったものの構成を発展させてきているにもかかわらず、その青
写真から逸脱したからである。

  被上告人は、CDAの3つの条項に対して、文理上の争いを提起している。
  まず第1は法廷が、the "indecency transmission" provision  不謹慎発
信条項というもので、発信者において相手が18歳未満であるということを知
ったうえで、卑猥な、不謹慎なメッセージや画像を故意に送りつけたことを犯
罪とすることについてのあらそいである。
 47 U. S. C. A.  223(a)(1)(B) (May 1996 Supp.).

  法廷が、一つの条項として捉えた"`patently offensive display'" 
provision,  明らかに不愉快な表示条項 は、11章を参照されたいが、実の
ところ、二つの別の条項に別れているのである。まずその第一は、18歳未満
の特定のものに対して、明らかに不愉快なメッセージや画像を、故意に送った
ことを犯罪とするということである(「特定の人」条項)223(d)(1)(A). 二つ
目は、未成年者が利用可能な方法において、明らかに不愉快なメッセージや画
像を表示したということ(表示条項)である。223(d)(1)(B).。 
  これらの条項は、いずれも成人から不謹慎な(あるいは明らかに不愉快な)
情報を排除するという目的のものではなく、成人は、こうした言論を受容する
権利を修正第1条に認められた権利として保持しているのである。 Sable
 Communications of Cal., Inc. v. FCC, 492 U. S. 115, 126 (1989)
(猥褻ではない不謹慎な程度の性的な表現行為は修正第1条によって保護され
ている。)
  それゆえ、否定することのできないCDAの目的は、未成年者のアクセスで
きない確かな領域の中に不謹慎な情報を隔離することなのである。
 See S. Conf. Rep. No. 104・30, p. 189 (1996) (CDAは不謹慎な情報の
露出から、未成年者を守るために、アクセスの制限を義務づける)


   "adult zones" 成人地帯の創設というのは、断じて小説の上での概念では
ない。各州では、しばしば成人が利用する一定の施設に対する未成年者の利用
を長い間禁止してきている。(1)各州は、"harmful to minors."
「未成年者に有害」と思われる言論に対するアクセスをも禁止している。(2)
裁判所は既にそのような地域設定法を維持しており、但し、成人と未成年者の
修正第1条の権利を尊重しなければならない。
  つまり、地域設定法は()情報に対する成人のアクセスを過度に規制して
いないこと、そして、()未成年者には禁止された情報については、修正第
1条の保障する読む、見る権利はないこと、といったものであれば有効とされ
る。1997年のものとしてに存在するこのインターネットに適用するという
意味で、 "display" provision  表示条項、the "indecency transmission"
不謹慎な情報送信、そして  "specific person" provisions 特定の者の条項
というものは、あるたしかな環境において情報を保護するために成人のアクセ
スを規制し、それによってこれらの制限原理の第一のものを実現するというこ
とに失敗したのである。
  わたしは、法廷意見と異なり、こうした環境であることのみで当該条項を無
効と考えている。


1,

           I



我々のケースが明らかにしたのは、「zoning区画分け」法は、成人がそれでもなお
規制された言論を入手することができる場合にのみ正当である、ということである。
その条件を満たさない場合には、このような法は、児童が入手の権利のない言論から
彼らを引き離しておくだけではなく、成人が憲法で保障された言論を入手する権利を
侵害し、事実上「成人層を子ども向けのものだけを読むようなはめに陥れる。」(Bu
tler v. Michigan, 352 U. S. 380, 383 (1957))。合衆国憲法修正第一条はこのよ
うな干渉を容認してはいない。同上、at 383 (「『若者の品行を堕落させる傾向の
ある』」言葉や写真を収録した書籍を、未成年者や成人に、販売することを禁じたミ
シガン州の刑法が却下された);Sable Communications, supra(品の悪い、しかし
猥褻とは呼べない、商業的な電話メッセージを未成年者および成人に伝えることを犯
罪とした連邦法を無効とした);Bolger v. Youngs Drug Products Corp., 463 U. S
. 60, 74 (1983)(避妊用具の広告を請求なしに郵送することを禁じた連邦法を却下
した)。しかしながら、憲法で保護された言論に成人がアクセスすることを不当に制
限してはいないならば、その法律は法的に有効である。たとえば、Ginsberg v. New
York, 390 U. S. 629, 634 (1968)では、店主が未成年者にポルノ雑誌を販売するこ
とを禁じたニューヨーク州法を、当法廷は部分的に認めた。なぜならば、それでもな
お、成人はこれらの雑誌を購入することができるからである。



Ginsbergにおいて当法廷が出した結論は、ニューヨーク州法は文面上で未成年者の
アクセスだけを拒否しているわけであるから、憲法上適当な成人ゾーンを形成してい
るというものであった。当法廷は、成人ゾーンが、いったん形成されてしまえば、規
制された言論への未成年者のアクセスは拒否する一方で、成人のアクセスは保護する
ことに成功するであろうということは問題にしていなかったし、従って、必ずしも仮
定してはいなかった。今日の状況をむかえる前は、この仮定に疑問をはさむ理由はな
かった。なぜなら当法廷は以前には、実体を伴った世界で運用される法律だけを考慮
に入れていたからであり、その世界では2つの特徴、geography地理上の位置およびi
dentity身元証明、が「成人ゾーン」の形成を可能にしていたからである。Lessig, R
eading the Constitution in Cyberspace, 45 Emory L. J. 869, 886 (1996)を参照
。未成年者が成人向けのダンス・ショーを見ることができるのは、彼がそのような娯
楽を提供している店舗に入場する場合のみである。しかも、そのような試みを行った
にしても、その未成年者は自分の身元を(あるいは、その結果として年齢を)完全に
隠し通すことはできないであろう。従って、上記2つの地理上の位置および身元とい
う特徴によって、店舗の事業主は当該店舗に児童が入場することを防ぎつつ、成人を
入場させることができるのである。



エレクトロニックの世界は根本から事情が異なる。electronic pathways電子の通り
道の相互連結であるに過ぎないcyberspaceでは発言者や聴衆は自らの身元を隠すこと
ができるのである。cyberspaceはある形で地理上の位置を反映していることは否定で
きない;つまり、チャット・ルームやwebサイトはインターネット上に固定された「
場所」に存在している。しかしながら、利用者は自らの身元や年齢に関わるなんらの
情報も明らかにすることなしに、インターネット上へメッセージを送ったり入手した
りすることが可能であるから、( Lessig, supra, at 901参照)身元にもとづいて、
特定の人物が特定のメッセージへアクセスするのを防ぐことは現在のところ不可能で
ある。



cyberspaceは別の根本的な点でも実体を伴った世界とは異なっている。cyberspace
ではいろいろな工夫ができる。従って、cyberspaceに障壁を設けて身元を識別するの
に利用し、cyberspaceを実体を伴った世界により近いもの、従ってゾーニング法をも
っと適用しやすいものにすることは可能である。cyberspaceのこうした変化はすでに
起こりつつある。 Lessig, supra, at 888-89. 同, at 887(cyberspace「は、区画
分けされていない土地から、極めてきちんと区画分けされた世界へと変わりつつある
」)。インターネットの発言者(インターネット上にマテリアルを投稿する利用者)
は「gatewayゲートウェイ」技術を利用してcyberspaceそのものを区画分けしはじめ
た。このような技術では、インターネットの利用者は自らに関する情報、おそらくは
成人としての身元あるいはクレジット・カードの番号、をcyberspaceの特定エリアへ
アクセスする前に入力するように求められる、929 F. Supp. 824, 845 (ED Pa. 1996
)。ちょうど、ナイトクラブの入り口で中へ入るために、運転者免許をチェックされ
るようなものである。情報へアクセスするインターネット利用者は、cyberspaceその
ものを区画分けしようとはしてこなかったが、cyberspace内の情報へのアクセスでき
る自分たち自身の能力を制限しようと努力してきた。こちらはちょうど、親の一人が
ロック・ボックスをとりつけて、子どものテレビ鑑賞を管理しようとするようなもの
である。このユーザー・ベースの区画分けは、スクリーニング・ソフトウェア(Cybe
r PatrolまたはSurfWatch)やスクリーニング機能を持つブラウザを利用することで
可能になる。どちらも、「成人向け」サイトと結びつけられているキーワードについ
て、あるアドレスやテキストを検索し、利用者の希望によって、そのようなサイトへ
のアクセスをブロックする。同, at 839-42。The Platform for Internet Content S
election (PICS) プロジェクトは、すべてのスクリーニング・プログラムで認識され
るコードによってインターネットの発言者が自分たちの言論の内容を格付けできるよ
うにして、ユーザー・ベースのスクリーニングを実現しようという試みである。同,
at 838-39。



このような進展にも関わらず、cyberspaceの変化は完全とはいえない。ゲートウェ
イ技術は、ここしばらくの間にWorld Wide Web上で利用可能になってきたものの(同
, at 845; Shea v. Reno, 930 F. Supp. 916, 933-34 (SDNY 1996)、すべての(訳注
:前4文字強調)web発言者が利用できるというわけではないし(929 F. Supp., at
845-46)、チャット・ルームとUSENET newsgroupsに関しては、ようやく技術的に実行
可能になりつつあるような状態である(Brief for Federal Parties 37-8)。ゲート
ウェイ技術はcyberspaceのいたるところに存在しているわけではないし、しかもそれ
なしでは「年齢確認をする方法がない」ために、cyberspaceはいまだに大部分は区画
分けされていないし、それができる状態にもないのである。929 F. Supp., at 846;
Shea, supra, at 934。ユーザー・ベースの区画分けもまた、その搖籃期にある。そ
れが効果をもたらすためには、 (i)  agreed-upon (承認に基づく)コード(または
「tagタグ」)が存在し、(ii)スクリーニング・ソフトウェアやスクリーニング機能
を持つブラウザがタグを認識することができ、 (iii)それらのプログラムをインター
ネット利用者が幅広く利用できる可能性があり、かつ現に幅広く用いられていること
が必要である。現時点では、これらの条件はどれひとつとして当てはまらない。スク
リーニング・ソフトウェアは「今日まだ広く用いられてはいない」し、「片手で数え
られるほどのブラウザしかスクリーン機能を備えていない」。Shea, supra, at 945-
46。その上、それらのプログラムで認識できるagreed-uponタグもない。929 F. Supp
., at 848; Shea, supra, at 945。



インターネットの実質上の区画分けに対する見通しは明るいとはいえ、今日の状態
のインターネットへ適用される際のCDAの合憲性は確かめられるべきであるという
当法廷に私は賛成する。Ante, at 36。cyberspaceの現状を前提にすれば、「display
表示」条項は基準に達していえるとはいえない。ゲートウェイ技術がcyberspace全体
で利用可能になるまでは、そしてそれは1997年には起きていないわけであるが、自分
の表現する言論が成人だけに伝わっていると発言者が正当な理由を持って確信するこ
とはできない。なぜならば、言論を「成人ゾーン」に限定することは不可能だからで
ある。従って、発言者がCDAのもとでの責任を回避する唯一の方法は品の悪い言論
を行うことを完全に差し控えることである。しかしこの強制的な沈黙は、成人がこの
種の言論を行ったり入手したりできるという修正第一条の権利を侵害し、つまり、「
(インターネット上の)成人層を子ども向けのものだけを読むようなはめに陥れる」
Butler, 352 U. S., at 383。結果として、「display表示」条項は精密な検査に耐え
ることはできない。Accord, Sable Communications, 492 U. S., at 126-31; Bolger
v. Youngs Drug Products Corp., 463 U. S., at 73-5。



「indecency transmission品の悪い情報伝達」および「specific person特定人物」
条項はより的の絞られた問題を提示している。その理由は、その適用の全体が憲法に
反するわけではないからである。上記で述べられたように、「indecency transmissi
on品の悪い情報伝達」条項は、18才未満だと知っている人物に対して送り手が品の悪
いメッセージを故意に送りつけることを犯罪としている。47 U. S. C. A. sec. 223(
a)(1)(B) (May 1996 Supp.)。「specific person特定人物」条項は同一の行為を禁じ
ているが、自分の品の悪いメッセージを送りつけられる受け手が未成年者であると、
送り手がそれほどに正確には知っている必要はない。sec. 223(d)(1)(A).控訴人は当
法廷に対して、このような知識を必要条件とすることを強要している条項であると解
釈するよう主張している(Brief for Federal Parties 25-7)そして、私もそうする
ことであろう。Edward J. DeBartolo Corp. v. Florida Gulf Coast Building & Con
str. Trades Council, 485 U. S. 568, 575 (1988) )(「別の方法では受け入れる
ことができる法令の解釈でも、深刻な憲法上の問題を引き起こすことはあるような場
合には、当法廷は、解釈行為が議会の目的に明白に対立しない限り、そうした問題を
避けるために当該法令を解釈するであろう)。



そうやって解釈された双方の情報は、一人の成人と一人かそれ以上の未成年者だけ
が関わる会話に対して適応される限りは合憲である。すなわち、一人の成人の発言者
が、未成年のものと分かっているアドレスにe-mailを送るとか、チャット・ルーム内
で、一人の成人と一人の未成年が彼らだけで、あるいは他の未成年者と一緒に会話す
る場合である。この文脈からすると、これらの条項はGinsbergで認められた法律と差
がない。成人が未成年者に対して言うことを制限することは、決して他の成人とコミ
ュニケートする成人の能力を限るものではない。チャット・ルームで他の成人に対し
て品悪くしゃべることを禁じられているわけではないのであり(なぜならば、問題の
会話には他には一人の成人も関わっていないからである)、他の成人に対して品の悪
いe-mailを送ることは自由なのである。当面の問題に関連する領域には一人の成人だ
けが含まれていて、そしてその領域に属するその成人は、品の悪い言論を行うことを
差し控える権限、ひいてはそうした言論のすべてを「成人」ゾーンに属する部屋の中
だけに収めておくという権限を持っているのである。



しかしながら、Ginsbergとの類似点は、一人以上の成人が会話の団体を形成してい
る場合には却下される。一人の未成年者が、彼が入らなければ参加者全員が成人であ
ったチャット・ルームに入ってきた場合には、CDAは実際問題としてその部屋にい
る成人に対して品の悪い言論を中止するように求めている。彼らがそれに従わない場
合、当該団体に対して彼らが行った品の悪い発言のいずれかについて、「indecency
transmission品の悪い情報伝達」および「specific person特定人物」条項に基づく
起訴が行われることもあり得る。なぜならば、彼らは特定の複数人物たち、そしてそ
の一人は未成年者、に対して品の悪いメッセージを伝えたであろうからである。 Acc
ord, ante, at 30。CDAはこのように、いったん一人の未成年者が店に入ってきた
らそれ以降は、書店主がポルノ雑誌を誰かに販売することを犯罪とするような法律に
似ているのである。未成年者を完全に店舗から閉め出すためのもっともらしい代替案
として、実体を伴う世界ではこのような法律は合憲と考えられるかも知れないにして
も、cyberspaceのチャット・ルームから未成年者を閉め出すための方法がないことは
、これらの場所で品の悪い言論を行えるという成人の権利を制限していることになる
。「indecency transmission品の悪い情報伝達」および「specific person特定人物
」条項は、このような欠陥がある。



しかし、これら2つの条項はすべての(訳注:前4文字強調)状況に置ける成人の
言論を禁止しているわけではない。しかも以下に述べるとおり、未成年者が読んだり
見たりする権利を持っている膨大な量の言論にアクセスすることまで制限するような
意味にまで、これらの条項の範囲が広がるとは私は考えない。したがって、CDAは
状況によっては、合憲的に適用され得る。通常において、この事実は当法廷が直接的
なfacial challenge文面に対する異議申し立てを否定することを必要としよう。Unit
ed States v. Salerno, 481 U. S. 739, 745 (1987)(「制定された法律に対するfac
ial challenge文面に対する異議申し立ては、異議の提唱者が、当該法が有効とされ
るような状況がいかなる場合にも存在しないことを立証(する事に成功した場合にの
み成功する)」)。しかしながら、控訴人の主張は修正第一条に基づいて発生してお
り、彼らはCDAは「実質的に範囲が広すぎる」ため、つまり同法は「広すぎる範囲
に適用され、憲法で保障されている膨大な量の言論に罰則を与える」ために、文面的
に無効であると主張している、Forsyth County v. Nationalist Movement, 505 U. S
. 123, 130 (1992)。Brief for Appellees American Library Association et al. 4
8; Brief for Appellees American Civil Liberties Union et al. 39-1を参照。成
人と未成年者間のあらゆるすべてのコミュニケーションを、そのコミュニケーション
に何人の成人が参加しているかに関わらず、適用範囲としているため、これらの条項
は範囲が広すぎるということにつき、当法廷に私は賛成する。



この結論はしかしながら、問題を終結させるものではない。ここと同様、「当該法
例に異議を申し立てている団体が、この範囲の広い法令が罰しようと意図しているよ
うな保護された言論に従事しようという欲求を持っている」場合には、「. . . 同法
令は、あまりにも行き過ぎた場合には、たちどころに無効と宣言されるものの、しか
し、それ以外の場合にはそのまま残される」。Brockett v. Spokane Arcades, Inc.,
472 U. S. 491, 504 (1985)。議会が、一人の成人と一人かそれ以上の未成年者の間
の特定コミュニケーションを禁ずる目的だったことには疑問をはさむ余地はない。47
U. S. C. A. sec. 223(a)(1)(B) (May 1996 Supp.)(「コミュニケーションの受け手
が18才未満であると知りながら(品の悪いコミュニケーションの)伝達に着手したも
の」を処罰);sec. 223(d)(1)(A)(「18才未満の一人あるいは複数の特定人物に(
明らかに不快感を与えるメッセージを)送ったもの」を処罰)。また、範囲を広めに
した形では憲法に反するということを知っていて、範囲が狭めの条項を立法化したの
であろう点についても疑問の余地はない。47 U. S. C. sec. 608(「(CDAのいず
れかの条項)のある人物・状況に対する適用が無効であると判定された場合でも、 .
. . そのような条項の他の人物・状況への適用はそれによって影響を受けることがあ
ってはならない。」)。従って私は、コミュニケーションを発信する団体が、受け手
全員が未成年者だと知っているような場合のインターネット・コミュニケーションの
伝達に適用される限りにおいて、「indecency transmission品の悪い情報伝達」およ
び「specific person特定人物」条項を合憲と判断するものである。






2,                                         ■                         

  CDAが、修正第1条における未成年者の権利を実質的に侵害するかどうか、
その結果、有効な地域設定法の二番目の特徴と衝突するかは、密接な関係にあ
る。
  ギングズバーグによれば、ニューヨーク州法によれば、未成年者に有害な雑
誌は、未成年者に販売することが禁止されていており、有効とされている。
  この法律のもとでは、未成年者にとって猥褻であるということのみで、その
雑誌は「未成年者に有害」だとされた。 390 U. S., at 632・33
  猥褻な表現が修正第1条によって保護されていないということではなく、
 Roth v. United States, 354 U. S. 476, 485 (1957),
ニューヨーク州は未成年者にとってのわいせつという概念を調節するという合
憲的な自由があったのでである、390 U. S., at 638,    そして裁判所は、そ
の法律は、未成年者にとって安全な表現の自由な地域を侵害するものではない
と結論づけた。Id., at 637.
  ニューヨーク州は、こうして、未成年者にとっての修正憲法の保障する権利
を侵害しなかった。 Cf. Erznoznik v. Jacksonville, 422 U. S. 205, 
213 (1975)(カルフォルニア、ジャクソンビル事件は、未成年者にとってすら
猥褻ではない裸体画禁止した都市条例を無効にした)  
  この裁判所は、CDAが、文字どおり、漠然としているかどうかについての
議論に対しては、肯定も否定もしていない。なぜなら、CDAは、未成年者の
修正第1条の権利を実質的に侵害しているからである。反論  32
  私は、それを拒否しようと思う。ギンズバーグは、未成年者にとって猥褻で
ある情報に対する未成年者のアクセスを禁止することは合憲であるという原則
を確立した。ギンズバーグの説明によれば、未成年者に対してわいせつな情報
というのは、()成人の共同体社会にひろがった基準において、未成年者に
とってふさわしいものは何か、という判断を総合して明らかに不愉快なもの、
()未成年者の好色的興味をそそるもの、そして、()未成年者にとって
社会的な価値の回復ということのまったく期待できないもの、である。
   390 U. S., at 633.
  CDAが、未成年者にとって回復可能な社会的が価値がいくらかあっても、
また未成年者の好色的好奇心を煽るものではないものでないにもかかわらず、
それが明らかに不愉快であるからといって、未成年者の知る権利を否定した理
由は、議会が、「未成年者に有害」という基準を放棄して、未成年者にとって、
猥褻ではないが、 "indecent"(i.e., "patently offensive")「不謹慎」
(明らかに不愉快な)といった表現を、このCDAが禁止できることを意味す
る。
  私はこの可能性を否定はしないが、しかし、文理上の争いに関しては、原告
は「いくつもの」漠然性を十分に示してはいない。われわれの判断では、現実
的で、実質的な漠然性の証明が必要なのであり、 Broadrick v. Oklahoma,
 413 U. S. 601, 615 (1973),   被上告人らは、これらを証明することができ
なかった。

  私の見解では、未成年者に関する表現の自由という普遍性は、CDAによっ
て明らかに不愉快な情報の普遍性として否定されたが、未成年者に対する社会
的な価値の回復があるということ、未成年者の好色的関心に訴えるものではな
いとしても、それは小さなことに過ぎない。
  被上告人らは、この表現の自由がこの普遍性に陥ることの実例を挙げてはい
ないし、また、この普遍性が実質的に露骨だが合法的な全廃を意味する法律だ
という理由を説明しようともしていない。(前掲書)CDAが、未成年者が、
いくらかの勝ちあるものを入手できる権利を否定するものだということ、反対
論32−33、は問題から大きく離れている。一方、刑務所の暴行や、ヌード
芸術、前掲書参照、成人にとって教育回復効果があるかもしれないが、それは、
未成年者にとって意味あるものではないし、ギンズバークの基準では、未成年
者は、修正第1条の保障する権利、すなわち明らかに不愉快な情報でもそれが
未成年者にとって、社会的な価値を回復するものである限りにおいて、有する
に過ぎないのである、390 U. S., at 633 (強調し、追加する).また、多くの
電子メールが、成人から未成年者に送られるが、それらが家族間の会話である
という証明は一切なかった、反対論18、n.32、そして、そうした言論が、
規制から絶対的に、免除されているという合法的な命題も出されていない。
  それゆえに、私見では、CDAは、未成年者の保護された言論の多くを実質
的に負担するものではない。それゆえ、CDAの、地域設定法としての合憲性
の判断は、修正第1条の保障する成人の権利を実質的に侵害するかいなか、に
かかっている。
  成人の権利が表示条項、みだらな転送、特定の人物という条項が、より多く
の成人間のコミュニケーションに適用されといったことで、侵害されるのであ
れば、私は、その限りにおいてCDAは無効となると考える。しかし、みだら
な転送、特定の人条項が、ある成人と他の成人、そして多くの未成年者との間
の不謹慎なコミュニケーションを禁止するという限りにおいては、それは可能
であるし、維持されなければならない。法廷意見は、反対の結論に達したため、
前述の立場から、謹んで異議を唱える。




NOTICE(OPINION)(省略)