■天ぷらにエロ・・・
私はアパートの近くの飲食店で晩メシを食べる事が多かった。近くには普通の食堂、安い焼肉屋、
中華料理店、ほか弁、そば屋などの店があったが、10日に一度ぐらいは天ぷら屋に
足を運ぶ事にしていた。その天ぷら屋の主人は腕がいいと評判で、食べてみると確かにおい
しかった。しかし客は少い。なぜ客が少ないのか最初はわからなかったが、その内だんだん
分かってきた。
この店のおやじは夕方になると商売道具の酒に手をつけ、自ら酔っ払ってしまう。酔うだけ
ならまだいいが、気に入らない客とはすぐに喧嘩になったりする。それでいつの間にか客足が
遠のいてしまったらしい。私は何故かそのおやじに気に入られ、機嫌が良い時には頼んでもいない
料理をご馳走してもらったりした。
ある晩、そのおやじは天ぷらを食べている私のテーブルにいっしょに座り込み、ウダウダと
世間話をしだした。「お前天ぷら屋にならねぇか?」。「いや、俺はプログラマーになりたいんで」。
「天ぷら屋は儲かるぞぉ」。などとニタニタしながら話しをしてくる。その内おやじは奥の部屋に
入り、なにやら本を持ってきた。
「これちょっと見てみろ」。おやじの言葉にふと本に目をやると、その本はとても天ぷらを食べながら
見るような種類の本でななかった。その本はいわゆる無修正のエロ本だったのである。
その当時その手の本は高価でなかなか手に入らず、10代の身で持ってる人はあまりいなかった。
目の前でペラペラとページをまくられると天ぷらどころではない。当時はまだビデオが一般家庭に
普及する前の時代だし、もちろんインターネットなどもない。独身の若造にとっては大変な代物であり、
そのドギツさに思わず目を丸くしてしまった。
おやじがニヤニヤしながら言う。「いいだろう、これ」。いいだろうと言われてもこっちは天ぷらを
食ってる最中だ。できれば天ぷらを食ってからゆっくり見せてもらいたい。
ニタニタしながら自慢げにページをまくるおやじ。このエロおやじめ・・・。私は腹の中でそう呟いた。
別の店で聞いた話によると、このおやじは以前は結婚してた事があり大変真面目だったが、だいぶ前に奥さんに
逃げられたらしい。それから酒びたりの生活になり、すっかり性格まで変わってしまったという評判だった。
その後も店に行くと度々新しいエロ本を見せつけられた。このおやじ、ある時は別のエロおやじといっしょに
奥の部屋でエロ本を鑑賞し、注文してもなかなか天ぷらを作ってくれない事もあった。
実は私は密かに期待している事があった。それは、いつかあの本を貰えるんじゃないかという期待だった。
だがそれは甘い期待だった。そのエロおやじは口が裂けてもその本をやるとは言わなかった。