榎本武揚とは何者?

「科学技術による日本の発展」。
恐らく榎本武揚が生涯をかけて目指していた目標だと思います。

そして、彼は当時としては屈指の西洋の知識・技術力を持つ日本人でありながら、
その一方で「江戸っ子的な人情家」でもありました。
そしてその性格が災いして、彼自身苦難の道を歩むことになり、
あの始めからほとんど勝ち目のない戦いである「箱館戦争」を戦い、
結果的に敗れます。
しかし、その敗軍の将としての彼をを救ったのも、
彼の持つ豊富な知識と、
ヨーロッパで実際生活をして身につけた国際感覚と、
温情的な性格だったと思います。

しかし彼はその時点では生き残ろうとは思っていませんでした。
実際彼は敗戦の責任感じて自殺までしようとしています。
そしてその後彼は、かつて敵対した政府の中で栄達の道を歩んできていますが、
いつも彼は、その置かれている立場の中で、他人から誹謗中傷を受けても意に介さず、
弁明もせず、恩義のため、国のため、自分の持てる力を最大限に出し切って努力していました。
しかし、「科学技術による日本の発展」を目指すために、働きつづけた彼に、
やがて皮肉な運命が訪れます。

そして、それから約100年、現在この国は世界屈指の「技術大国」となっています。
しかし、それと同時に100年前以上の問題も沢山抱えている状態です。
この様子を、彼が見たらどうおもうのでしょうか・・・・・。


榎本武揚の生涯

〜少年時代〜

〜青年時代〜

〜徳川家臣時代〜

〜蝦夷共和政権総裁時代〜

〜囚人時代〜

〜北海道開拓使時代〜

〜明治政府役人時代〜

〜晩年〜


榎本武揚と現在に関わりがあるもの

 榎本武揚と徳川慶喜