スイスで活躍するピアニスト津田理子

 スイスはチューリッヒ在住の日本人ピアニスト津田理子女史の芸術をこのスイス音楽紀行のページに加えることとしました。もっと多くの方に彼女の演奏を知ってもらいたいと思ったからです。まだ生で聞く機会を得ておりませんが、ぜひいつか彼女のコンサートに出かけて、CDを通しての彼女のノーブルな音色、落ち着いた無理の無い解釈が鳴り響くのを聞きたいと考えています。

 津田理子さんは、兼松雅子、レオニード・コハンスキー、安川加寿子に師事され、1971年に東京芸大を卒業。日本音楽コンクール第3位に入賞。その後1974年、ブリュッセル音楽院に留学されスペインの名ピアニスト、エドアルト・デル・プエイヨに師事されました。想像ですが、彼に師事したことでチリのコンクールを受け、南米の作曲家ヒナステラの作品をレパートリーの重要な部分におかれるようになったのではないでしょうか。(勝手な想像ですが・・・)
 1975年に同音楽院を卒業後、スペインのハエン国際コンクールに優勝(1976年)。あわせてスペイン賞を受賞し翌年には同コンクールの審査員を務めました。1978年にはチリ国際ピアノコンクール第二位に入賞しました。
 津田さんは、こうした経歴からも理解できるように、レパートリーの中心にショパンのほとんどの作品と共にアルベニス、グラナドス、ファリャ、ヒナステラといったスペイン物(ヒナステラは南米の作曲家だが)が大きな位置を占めているようです。
 津田さんは、1980年からスイスに住み、ヨーロッパを中心に演奏活動をされてきました。室内楽のコンサートも積極的に行われているようで、トーンハレでのMichiko Tsuda Musik Treffen(三日連続のコンサート・シリーズ)では、第一夜がピアノ・ソロ、第二夜がサクソフォン四重奏とのアンサンブル、第三夜かチェロとのデュオというように変化のあるプログラムを提供し、チューリッヒの音楽界に大きな存在感をもたらしています。
 最近は、チューリッヒ交響楽団のソリスト(principal soloist of the Zurich Symphony Orchestra. )としても活躍の場を拡げられ、定期演奏会等に出演されておられます。来年(2002年7月には東京でリストの巡礼の年「スイス」を演奏されるようですよ!!)

 私が最初に津田さんの演奏を聞いたのは、まだ一年ほど前に偶然手に取ったショパンのピアノ協奏曲のCDでありました。その時は彼女の名前よりも聞きなれないチューリッヒ交響楽団の名前にひかれて購入したことをまず述べておかなくてはなりません。
 彼女の演奏はスケールの大きな、大向こうをうならせるタイプではなく、デリケートで優しい微笑みに満ちたものでありました。それは当時話題になっていたツィメルマンの演奏と正反対の演奏でした。ダニエル・ショヴァイツァーの指揮するチューリッヒ交響楽団もまた静的な表現で、ちょっと拍子抜けするほどでしたが、私には極めて好ましい演奏に思われたのであります。
 アルゲリッチのように、毛を逆立てて猛進する演奏がお好きなら、無理に薦めようとは思いませんが、これ見よがしの表現で人を引きつけようとすれば、簡単に出来るのに、それをストイックなまでに拒否し、作品そのものに語らせようとする清々しさは、ひょっとして津田理子女史のピアノ演奏に対するこだわりなのかもしれません。
 例えば第一番の第一楽章。ゆっくりとしたテンポのオケの主題提示は、平凡な外見を身にまとっています。でもよく聞いていると、実に多彩な表情がそこに折り込まれていて、全体に退屈と言われているオーケストラ部分でさえ、深く丁寧に読み、音楽として命を吹き込まれたものであることに皆さんも気づくはずです。
 よく歌い込まれた第二テーマの表情の美しさは実にデリケートな肌触りを持っています。そうデリケート、繊細さ、そしてショパンが理想としたカンターピレは、津田さんの柔らかな音で実にしなやかに紡がれていくのです!! テンポの動き(ルバート等)は極めて小さなものですが、デリケートな表情付けが行き届いているため、厭きさせません。
 録音レベルがやや低いようですので、オーディオシステムを選ぶCDであるように思われますが、私はiMacにSONYのヘッドフォンMDR-CD2000でちょっと音量を大きめにして鑑賞しました。(内蔵のスピーカーではさっぱり・・・でした。)
 展開部もオケとのやりとりも、充分迫力に満ちているのですが、丁々発止というのとは違い、お互いの演奏を尊重しあうような、あるいはお互いに寄り添うようなアンサンブルであるのです。
 第二楽章の甘い表情は白眉であると思います。穏やかにピアノがメロディーを紡ぎ、それにオケがぴったりと寄り添っていくのは、本当にこの曲の演奏として、理想的と言って良いのではないでしょうか。
 第三楽章の生命力にも、なんの不足もありません。力強ささえ漂っている颯爽とした演奏は、彼女が優秀なテクニックを持っていることを証明しております。オケも充実した響きでその演奏を支えていて、これは更に素晴らしい出来であると思います。
 第二番は、ハスキルの名演と、ベラ・ダヴィドヴィッチの名演がありますから、それと比べてどうかということが関心の最初となります。オケはハスキル盤のラムルー管を上回る出来であると思われます。ダヴィドヴィッチ盤のマリナーのオケは上手いのですが、情感というか、肌触りがちょっと冷たいのであど一歩だと思います。この点、シュヴァイツァー指揮のチューリッヒ響の演奏は無理のないカンタービレと丁寧なアンサンブルが響きの暖かさというか、優しさをもたらしていて、大変聞きやすい出来であるといえましょう。
 テンポは津田盤が最も遅めで、前に向かっていく所でもあまりアッチェレランドしないで、抑え気味に演奏されるのですから、緊張感というより落ち着いた味わいに長けた演奏と言えましょう。したがって、フレーズの一つ一つを深く歌い込んで演奏されるので、曲の持つ恋い焦がれるような情感は過不足無く表現されるのです。
 この特徴は第二楽章で最大に活かされます。おそらくあのハスキル盤に匹敵すると言っても良いのではないでしょうか。
 第三楽章は、力感のある演奏を三者三様に繰り広げていますが、ピアノは淡々としているわりに引き込まれるという点で、津田さんの演奏に惹かれるものがあります。ハスキル盤は、モノのライブ盤を別にすればややミスが目立ち、気にかかるところです。ダヴィドヴィッチ盤は、実にバランスの良い、美しい演奏ですが、バックの質感が冷たいのが惜しい点です。しかし、ピアノの出来についてだけ言えば、ややダヴィドヴィッチ盤に一日の長があるようです。しかし着実さ、オケとの密着した仕上がりというか、アンサンブルという点で、私は津田盤を愛聴しています。
 全体としてあまり大仰な表情は三人とも賢明にも避けておられます。実際、この曲はあまりに深刻ぶったり、ドラマチック過ぎたりするとどうしようもないほど違和感を感じさせられるのですが、これらの演奏ではそういうことはありませんでした。テイーンエイジャーの作品なのです。深刻そうにすればするほどに曲の背丈と合っていないように思うのは私の主観なのでしょうか。

 このテンポをやや遅めにとって、よく歌い込んで演奏すること、アンサンブルを大切に演奏すること。おそらくはこれが津田さんの演奏の最も大きな特徴であり、評論家先生のようにたくさん聞いて、さっさと判断を下していく際に、うずもれてしまいやすいものかもしれません。しかし、私はこの作品に対する愛情と尊敬に満ちた、そして演奏家たちのお互いの音楽に対する尊敬と理解が織りなす演奏は、心から素晴らしい芸術であると考えています。細かな演奏の傷を探すことは可能ですが、それよりも、この音楽家達の調和の美に対し、心から賛辞を捧げたいと思います。
 彼女の演奏は他にも、ヒナステラや、ショパンの練習曲、リストの巡礼の年「スイス」、シューマンの「交響的練習曲」等が出ています。いくつか聞いたものの中から、スイ音推薦盤のコーナーに書いてみたいと思いますのでお楽しみに!!