コルボのモーツァルトのレクイエム新盤

(輸)Aria Music 971 201

 興味の中心はジュネーヴ室内管弦楽団が演奏しているということで、一度聞いてみたいと思っていたコルボのモツレクがやっと手に入り、聞くことができたので、その試聴記ということでこに述べます。
 1995年9月24日にフリブール・フェスティバル(どんなお祭りなのでしょうか?)で、演奏された時のライブ盤ですが、なかなか良い録音で、残響も特に目立たないので教会などでの演奏ではなさそうです。

 以前から聞いていた旧盤は、優しい表情のどこかフォーレのレクイエムの名演につながる印象を持っていたのですが、この新盤はデイナーミクの幅を大きく、コントラストを強くつけた演奏であったことに、近年のコルボの演奏スタイルの変化を強く感じたのであります。
 モンテヴェルディからフォーレにつながる温和で優しい表現が、変わったと印象づけられたのは、「オルフェオ」の新盤でありました。あの古楽奏法につながる強烈なコントラストは、フォーレのレクイエムからのファンの私にとっては、強烈なイメージ・チェンジでした。
 
 更にその後出た、フォーレのレクイエムの再録音で(FNAC盤)コルボは以前のような優しげな態度を捨て、アニュスデイからリベラメに曲の中心を移したように思えました。ひょっとしてコルボは意識的にかつてのイメージを捨て去るように仕向けているのかもと思われるほどでありました。
 そこでこのモツレクの登場です。
 オケは先にも述べたようにジュネーヴの新しい団体です。1992年にジェリー・フィッシャーによって創設され、古楽器による演奏でデビューを果たしています。しかし18世紀の音楽にだけでなく20世紀の音楽もそのレパートリーに持つといいますから、相当な腕利き集団であると考えられます。
 果たして、このモツレクの演奏はいかにもといった古楽器らしさを払拭し、伝統的なモーツァルト像を新たな視点で築き上げた素晴らしい演奏となったのです。
 更に、コルボの手兵のローザンヌ声楽アンサンブルの合唱の素晴らしさ!!
 冒頭のキリエの響きのしなやかさは、この合唱団にしてはじめて聞くことのできるものと申せましょうし、独唱の後のフーガの見事なコントロールは特筆大書しても良い出来であります。
 さらに、「怒りの日」の迫真のフォルテは、決して平板にならない表情の豊かさ、余裕すら感じさせる域に達していますし、「レックス」の叫びは厳しい一撃を与えるものとなっており、更にラクリモーサの緊張感は筆舌に尽くしがたい。
 明らかにコルボはこのラクレモーサに曲の頂点を持ってきているようで、それもモーツァルトの絶筆となったところでその頂点を形作るのです。
 更に付け加えるならば、一般にジェスマイアーの作と言われている「アニュスデイ」の美しさは、このコーラスにしてはじめて成しえたものであると申せましょう。(実はこの曲を私は結構好きなのです)
 四人のソリストにはメジャーな歌手はいませんが、よくコルボの要求に応えていると思います。ただ、少々様式的にオケの古楽器風の演奏に対してビブラートの気になる歌唱となっていることは否めませんし、少々オケ、コーラスの響きに埋没しがちであることなどが課題としてあげられるでしょう。
 しかし、声量の点で後一歩ながら、アルトのエリザベト・グラーフなどはレコルダーレのソロで実に安定したコントロールで聞かせます。ベネディクトスの冒頭でも美しい表情で聞かせますが、やや表情過多と感じさせないこともないというところでしょうか。
 ソプラノのエフラト・ベン・ヌン(イスラエルの歌手)もそのビブラートがやや煩わしく感じられる点を除けば、実に清潔な演奏で、このモツレクにふさわしい歌唱であると思います。キリエのソロではまだ硬いと思わせますが、レコルダーレあたりから後は実に安定していて、この盤の魅力の一端を担っていると言えましょう。
 男声陣はテノールのジェフリー・フランシスがやや響きが平べったくなるのが惜しいのですが、「不思議なラッパ」の歌い始めを実にエモーショナルに決めていて、あのワルターの名盤を彷彿とさせます。バス・バリトンのマルコス・フィンクは安定感抜群で、後一歩の量感が欲しいところですが、きめ細かい表情をつけながら、決してわざとらしくならない絶妙のバランス感が素晴らしいと思います。フィンクを迎えた
ことで四重唱の安定感がぐっと増したと思えます。
 さてこのモツレク、このところ明けても暮れてもコルボのモツレクでありましたが、一向に飽きることなくこの深い思索を得ることの出来るトルソーを巡る充実は、得難いものでした。みなさんもいかがでしょうか。