モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全曲/パメラ・フランク(vn)ディビッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管

(輸)ARTE NOVA / 74321 72104 2

 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の名演が、また出てきました。アメリカの女流ヴァイオリニスト、パメラ・フランクとディビッド・ジンマンの指揮、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏です。
 彼女の演奏では、ヨー・ヨー・マやアックスといった巨匠たちとのショパンのピアノ・トリオの録音で印象に残っています。シモン・ゴールドベルクやハイメ・ラレード、アレクサンダー・シュナイダーといった巨匠たちに薫陶を受けたエリート中のエリートの彼女は、大変表情豊かなヴァイオリンの音を持っています。線は多少細目ですが、過度なヴィブラートに頼らない天性の音程の良さが武器のように思います。
 あのグリュミオーのグラマラスな音のモーツァルトとはまるで正反対の清々しい演奏であると評することができるでしょうね。
 更に、有名な五番「トルコ風」のヨアヒムのカデンツァを除いて、指揮者ジンマンが作ったカデンツァが演奏されています。

 それらジンマンのカデンツァは古典的なもので、シュニトケなどのちょっと変わったカデンツァを期待すると裏切られますが、簡潔で様式感を尊重した丁寧な作りのカデンツァだと思いました。

 ジンマンの指揮は、よく流れる少しだけ速めのテンポを設定していて、昔流行の厚ぼったいロマンの衣装を脱ぎ捨てた、よく歌う演奏で、プルトを切りつめた弦楽器と言い、今風のモーツァルトで統一しているのが特徴です。
 オケの反応の良い表情は、何とも魅力的です。表情も豊かで、コケティッシュで瞬時に表情を変化させていく意外性も持っていて、有名な「トルコ風」の三楽章などは大変楽しい出来となっています。
 この歌うことへの積極的な姿勢と、表情の変化に対する反応の良さは、近代モーツァルト演奏では無くてはならないものではないでしょうか。
 パメラ・フランクのヴァイオリン共々ジンマンの指揮するチューリッヒの面々は、実に見事にこれを行っています。
 その意味で、この演奏は現代のモーツァルト演奏を代表する一枚ではないでしょうか?ムーティ指揮フィルハーモニア管、ムターのヴァイオリンの演奏などと比べても、ずいぶん贅肉を落とした、すっきりした表情付けを行っていて、テンポもすっと流れて行きます。
 二楽章を比べてもそれがわかります。ムーティなどに比べてもテンポが速めなのです。
 加えて、響きを重くしない、というか、重心を随分上に持ってきた、響きのバランスの取り方にも特徴があります。
 四番の二楽章など、ムターの演奏はとてもすっきりとした音楽だと思っていたのですが、フランクの演奏では更に響きの見通しが良く、表情が軽いのです。この軽さが、音楽の変化への対応力となっていると思います。ムターの演奏はもっと構えてロマンチックに聞こえてきます。
 ムーティの指揮するフィルハーモニア管の響きは、弦を中心としたバスをよく響かせたバランスで、これはこれで充分立派な演奏なのですが、この青年モーツァルトの音楽には、明らかに重いものとなっています。
 ジンマンは木管をうまく生かして、オケの音色の変化を巧みに演出しています。
 これこそ、モーツァルトを現代のオケでやる最も大切な方法ではないでしょうか?

 しかし、これらのモーツァルトの演奏では、ベートーヴェンの交響曲全集で示されたエディションへのこだわりは、あまり感じませんでした。(これを論じる資格は私にはありませんので参考になりませんが)
 また、ベートーヴェンの交響曲全集のような、古楽器奏法の影響を意識した様式での演奏ではない(それをするとパメラ・フランクの音楽と相容れなかったでしょう)伝統的な様式による演奏で、この極めて現代的な、そしてとても魅力的なモーツァルトが録音されたことに驚きを禁じ得ません。
 
 全五曲にハフナー・セレナードからの三つの楽章が抜粋されて併録されています。
 有名なロンドももちろん収録されています。
 チューリッヒの録音。次は何が出てくるのか、一層楽しみになってきました。フランクとジンマン、チューリッヒのモーツァルト、いいですよ!!