巡礼の年第一年「スイス」

 わずか二十歳そこそこの若者のこの作品は、後の大作曲家の個性が早くもしっかりと刻印された名作であります。
 1833年にべルリオーズの紹介で知りあうこととなったマリー・ダグー夫人とリストとの愛は、人の知るところとなり、1835年、二人はパリを逃げ出し、ジュネーヴに腰を落ち着けることとなりました。(今もジュネーヴのバスの路線図にはフランツ・リストという名前があります。)

 この頃から、リストはアルプスへの小旅行をし、その印象を「旅人のアルバム」という小品集にまとめあげ、1842年にウィーンとベルリンで出版しています。その際は、19曲から成る曲集だったのですが、後に改編され、第五曲「嵐」が書き加えられで 九曲からなる 「巡礼の年第一年」として、すでにダグー夫人と別れた1855年に出版されました。

第一曲「ウィリアム・テルの礼拝堂」
 テルの礼拝堂はフリュエレンからジシコンに向かう、四森林州湖畔にあります。ここに詣でたリストが受けた感動を曲にしたものです。
 前半の重々しい曲調は深い宗教的なまでの感動を、そして後半に向かって山々にこだまする鬨の声が描かれ、続くアレグロでほとばしる情熱に突き動かされ勝利に向かっていくテルの様子が描かれ、そして始めの重々しいフレーズがより深い感動につつまれて再現されて曲を閉じます。

第二曲「ヴァーレンシュタットの湖」
 チューリッヒからサンモリッツに向かうと数時間で、それこそ目の覚めるような風景が広がる湖畔が車窓に広がり、まもなくヴァーレンシュタットの駅に着きます。静かな湖畔の向こうに屏風を立てたような切り立った尾根が続く、不思議な風景は、私は一生忘れることができません。この湖畔をダグー夫人とふたりで訪れた時の印象をリストが曲にしたもので、左手の伴奏が舟の魯の動きを表わし、ゆったりと続くメロディーはちょっとアルペンホルンが演奏しているような素朴なもので、何度も繰り返されていきます。

第三曲「牧歌 パストラーレ」
 素朴な語り口の短い小品ですが、のびやかなメロディーとバスの保続音が印象的なテーマと、リズミックで短いフレーズの繰り返しの第二テーマの部分が交互に出てきて、最後は次の作品にそのままつながるようにして(ちゃんと完全終止しないで)終わり次の曲につなげます。1848年に旧作に手を加えてこの曲集に加えられたそうです。

第四曲「泉のほとり」
 この曲だけをとりだして演奏されることも多い、後の「エステ荘の噴水」につながる傑作です。ショパンのエチュードのようなテクニカルな、それでいて切り詰められた書法に、ベルカント風のメロディーが流れていきます。a-bの二部形式のメロディーが4度繰り返されていく中で華やかに少しずつ装飾を加えられていき、そして静かに終わるという曲です。比較的平易な和声の動きをもっていますが、メロディーの後半の転調の仕方にちょっと斬新な動きがあり、新鮮な印象をうける作品です。

第五曲「嵐」
 スイスになじみの深いイギリスの詩人バイロンの「チャイルド・ハロルドの巡礼 Child Harold's Pilgrimage」の第三集に収められたスイスにおける嵐の情景をうたった詩に基づく描写性の高い作品です。
 この作品だけは1855年になって作られ、他の作品に比べてはるかに技巧的で、スケールが大きいのが特徴です。ところどころピアノ協奏曲のフレーズが聞こえます。和声の扱いなど、あまりに遠隔調の連結を多用するため、長調なのに不安定な雰囲気を醸し出すリスト特有の世界をも聞かせてくれる作品でもあります。

第六曲「オーベルマンの谷」
 セナンクール(Etienne Pivert de Senancour 1770-1846)による「オーベルマン Oberman」(1804年刊)という小説は、無神論者であり、ストア主義者だった著者の心情を忠実に反映したもので、十九世紀前半に大いに流行したものだそうです。(ちなみにこの本を書いた時、セナンクールは20代だったそうです。)私は読んだことがないので何とも言えませんが、不正確であまり参考にならない某音楽出版社の「名曲解説全集」によると「私は何を望むのか? 私は何者なのか? 自然に何をたずねうるか?」と心迷うままにさすらい歩いたオーベルマンの心を描いているそうです。
 この曲集の中では突出して長大な作品で、他がせいぜい四〜五分というのにこの曲だけが15分もかかるというアンバランスさにちょっと驚きます。和声の動きなど大変斬新で、表現の幅も他の曲に比べて格段に大きく、これだけをとりだして演奏されることが多いのもうなずけます。

第七曲「牧歌 エグローグ」
 短い田園的な詩という意味の「エグローグ」ですが、アッペンツェル地方の羊飼いの歌をもとに作られたそうです。構成としては、いろんなメロディーがどんどんわいてくるような作品で、ひとつの動機を発展・展開させていくという古典的な構造とは対照的な意図の下に作られた作品です。
 おそらくリストの作品の中でも最も歌にあふれた美しいメロディーの一つではないでしょうか。明るくのびやかなこの曲が、前曲の「オーベルマンの谷」との対比で、更に鮮やかに響いて来るのです。

第八曲「ノスタルジア」
 「自分の唯一の死に場所こそアルプスである」とパリから友人に書き送ったオーベルマンのアルプスへの郷愁を曲にしたものと言われている作品です。ピアニスティックというよりも声楽的で、リート風というよりも朗唱風のこの作品は、単音での(無伴奏での)メロディー奏が多用される、ちょっと後期のリストの作品をも思わせる作品となっていますが、当然でしょうが、まだあの深みには達してはいません。
 平易な書法で流れるメランコリックな音楽は、若いリストのアルプスへの憧れなのでしょう。
 恐怖の対象でしかなかった18世紀までのアルプス観は、19世紀に至って大きく転換し、アルプスは黄金時代を迎え、この何も生み出さない痩せた土地と氷と岩のアルプスに、多くの観光客が押し寄せるようになったのです。たしかこの頃でなかったでしょうか。トーマス・クックのはじめての団体旅行がスイスの谷間を訪れたのは…。

第九曲「ジュネーヴの鐘」
 前曲に続き、単音のシンプルな始まりを持つこの作品は、1835年12月18日、ダグー夫人との最初の娘ブランディーヌ(Blandine)が生まれたことで、初めて父親となったリストの、娘の幸福を祈る作品であるとされています。
 しかし私には、ややメランコリックで神秘的に思えるのです。短三和音と長三和音の間を行ったり来たりする主題のせいもあるのでしょうが…。
 幸福感ももちろん感じられますが、それよりも複雑な心境をこの曲は映しているように思えます。それは何か?全体を貫く湖面のさざ波のようなアルペジョが第二曲「ヴァーレンシュタットの湖」と対になっているように思えるからです。
 あきらかに多くの人から祝福された二人とは言い難い、リストとダグー夫人との恋の逃避行の中での出来事であることを、この曲を聞く時に常に意識させられるのは、ちょっと考えすぎなのでしょうか。
 この名曲を楽しむのに、最も適した1枚はスイスに在住の津田理子さんのCDではないかと思います。誠実に作品と向き合った演奏は、曲の姿を無理なく再現しています。必要以上に大仰になることもなく、長くつき合える1枚というべきでしょうか。
 こういった演奏家は今は日本では育たなくなったと言えましょう。美人…ニストとか、天才…ニストという人たちが、消費されていくだけでは、本物の音楽文化なんて育つワケがないと思います。だからこそ、こうした着実な歩みを続ける音楽家を大切に思い、支持していきたいと思います。彼女のシューマンやショパンも本当に素晴らしいですよ!!
 シューマンの交響的練習曲なんて、その味わいの深さとともに、本当に深く曲を研究して演奏していると思いますし、このリストもそうです。きらびやかなキャッチフレーズとは無縁でも、良い演奏はあるんだな!!と思います。ぜひ!!

Franz LISZT
Annees de pelerinage Premiere annee - Suisse
Deux Legendes
 ベルギー CYP 5616