この組み合わせでの演奏がどれも良いものであったから、このアルプス交響曲のリリースをずっと楽しみにしていたのですが、今、全曲を聞き終えて、期待を裏切らないシリーズ最高の出来と思われる、実にリアルな迫真の演奏であったと感動しています。
アルプス交響曲については、ドイツのガルミッシュ=パルテンキルヒェンのことなどと共に、他でも述べていますが、演奏の紹介と共にも曲の簡単な紹介もしてみたいと思います。
………………………………………………………………………………………
リヒャルト・シュトラウスが子供の時から好きだったという山歩き(山登り)に出かける楽しさ、日の出と共に歩き始め、樹林帯を抜け小川や滝に出会い、花々が咲き誇るアルプに出て、カウベルの音を聞きながら山の牧場を歩く。
時に道に迷いながらも(スイスでは滅多にありませんがね)歩き続けるとアルプを抜けて氷河に出会う。眺望は更に開け、雄大さを加えて行く。
更に登り続けて危険な目にも会いながらも、登山者(作曲者)は山頂にたどり着く。
そんな山行の素晴らしさを存分に味わう事の出来る、最新の録音がインバルとスイス・ロマンド管の新盤であります。
序奏部を占める「夜」から「夜明け」の部分の荘厳さは冷ややかな冷たいアルプスの清浄な空気感を表していますし、モルゲン・ロートに輝く雄大な山容(今年行ったからかどうかわかりませんが、朝日に輝くミシャベル連山を思い起こしてしまいます。)が闇の中から浮かび上がる所の感動は、素晴らしいものであると思います。
登山者のテーマが低弦のユニゾンで力強く出てくると、一気に山行の喜びに満たされた流れにとって変わり、ウルトラ・セブンのテーマのような絶壁のテーマやホルン十二本とトランペット、トロンボーン各二本を使った(何という贅沢!!)狩りのテーマが出てきて、すぐ音楽が静かになり、道が樹林帯の薄暗い中に入ったことを感じさせる部分も、響きに清涼さが常に感じられ、盛時のスイス・ロマンド管(アンセルメ時代)を上回る弦のアンサンブル力を思わせる出来となっています。
しばらく続く小川のほとりの道も、デリカシーのある六連符の動きとなっていますし、メロディーは伸びやかで、常に背景にある拡がりのある風景を意識させるものであります。
「滝」に出会ってのハープ、チェレスタを加えたアンサンブル(滝の情景の描写の部分)は実に見事で、その後の「感動」の動機が真実味を帯びて聞こえて来ます。
続くお花畑を行く登山者の部分から山頂に至る部分は、精密なアンサンブルを背景としながら、デリカシーとスケール感という、相反する性格を見事に再現していますし、放牧されている牛たちのカウベルの音も「ああ、そうそう」という懐かしいものであります。
霧が立ち上り、太陽が雲の中に隠れ、嵐が爆発し、その中を登山者が下山し始めた様子も迫真の音の描写の中に描かれます。
今年の夏、スイスの山の天気予報は「晴れ時々曇り、時々雨、もしくは雷雨、標高の高い所では雪」というなんでもありという日ばかりでありました。いえいえ今年に限ったことではありません。よくこんな日があるといってもいいでしょうね。
朝から晩まで、天候がずっと安定しているというのは、夏より秋口の方が多いのではないでしょうか?住んでいたわけではないので、良く知りませんが、はじめてスイスに行った一九九二年の九月は晴れはじめたら、一週間ぐらいとても良い天気が続いたのでそんなことを思ったのですが…。
ウィンド・マシーンの風の音にドンナー・マシーンの雷鳴音と、スペクタクル溢れる場面ももちろん、インバルとスイス・ロマンド管の奏者たちは、期待を裏切らない迫力ある、といっても下品に媚びたものでない、ある格調をもって演奏を繰り広げています。
それはおそらく彼らの高いアンサンブル能力に起因しているのではないでしょうか。
嵐がおさまると、雄大な日没がやって来ます。太陽のテーマが力を失いつつ木管のアンサンブルからホルン、フルートとソロへと遷り、神々しい瞬間が暗示される時、背景を支えるのは(おそらくはヴィクトリア・ホールの)オルガンの持続音であります。
「ツァラトゥストラはかく語りき」の有名な開始部(「2001年宇宙の旅」の音楽って言った方がピンときますよね)で使った手法です。
この後の「結末」は全曲の一日の登山を終えた感慨を深い感情を込めて描きますが、シュトラウスのスコアからインバルとスイス・ロマンド管の奏者たちは、実に感動的な世界を読みとっていると思われます。
新しい、スイス・ロマンド管の名盤の出現を喜びたいと思います。
この演奏で、彼らが今スイスで最も高い水準を維持しているオーケストラであることを証明してみせたと考えます。
アンサンブルも単に精緻であるに留まらず、各奏者の自発性を最大限引き出した、実に生き生きとした音楽となっています。
こんな音楽を聞きながら、アルプスの夕焼けを、のんびりと楽しんでみたいものだと思います。
また来年も行かなきゃ!!
|