01.03.09
書きいいペン
人にペンを貸してもらって、そこにある紙に何か書いてみる。インクの出具合がすこぶる理想的である。
「おや、このペンは、とても書き……ですね」
この「……」の部分には、どういうことばが入るでしょうか。ちょっと考えてみてください。
選択肢としては「書きやすいですね」「書きいいですね」「書きよいですね」の可能性が考えられます。僕自身は「書きやすい」と言っているはずです。「書きいい」「書きよい」はちょっと使わないように思います。
「〜やすい」という接尾語は、《簡単にそれを行うことができる・簡単にそれが起こる》という意味を表します。
「このペンは書きやすい」
「入りやすい大学」
「このビデオのラベルはどうしてこうはがれやすいんだ?」
などと使います。
一方、「〜いい」「〜よい」は、「書きよい」「入りよい大学」とは言えるかもしれませんが、「はがれよい」は無理です。「〜いい」「〜よい」は《苦痛を感じずに簡単に行うことができる》という意味をもちますが、《自然にそうなる》という意味はありません。ラベルが自然にはがれる場合には使えないのです。
要するに、「〜いい」「〜よい」は「〜やすい」に比べて意味が狭い。今は、一般的には「〜やすい」が使われ、「〜いい」「〜よい」は古風であったり、俗な印象を与えたりするのではないかと思います。
CD-ROM版「新潮文庫の100冊」に収録されている口語体の日本文学を見てみると、「〜よい」「〜いい」を多く使っているのは、比較的古い人であるようです。
「〜よい」の用例は――
「扱いよい」(曾野綾子)、「うつりよい〔映った姿がよいの意か〕」(石川淳)、「踊りよい」(谷崎潤一郎)、「書きよい」(志賀直哉)、「しのぎよい」(泉鏡花2例・安部公房)、「住みよい」(井上ひさし・司馬遼太郎)、「作りよい」(吉行淳之介)、「握りよい」(立原正秋)、「働きよい」(立原正秋)。
「〜いい」の用例は――
「打ちいい」(武者小路実篤)、「蹴とばしいい」(石川淳)、「喋りいい」(曾野綾子)、「出しいい」(山本有三)、「附合いいい」(石川淳)、「乗り込みいい」(曾野綾子)、「離れいい」(林芙美子)、「焼きいい」(曾野綾子)、「やりいい」(安部公房)、「呼びいい」(山本有三2例)、「解りいい」(有島武郎)。
(*以上、すべて終止形に直して掲出)
石川淳や、曾野綾子が多用しているところをみると、古い東京のことばではないか、という気もします。
では、現在は「〜よい」「〜いい」は退潮してきたかというと、そうとも言えない。「住みよい」は行政関係者が好んで使いますし、ほかの例も、本を読んでいると、たまに目にするんですね。
最近も、どこかで目にして印を付けておいたのですが、今、すぐには出てきません。また見つかったら、追記しておきましょう。
夜、テレビをつけっぱなしで、ついうとうとしていると、「ニュース10」の堀尾正明アナの質問に答えて、藤井彩子アナが、
やりいいですね。(「NHKニュース10」2001.03.08 22:00放送。記憶による)
と答えているのが耳に入り、岸破と跳ね起きました。しかし、空耳かもしれません。
ニュースキャスターが使うぐらいなら、今の人でも、「〜いい」「〜よい」を口頭語としてふつうに使っているのでしょうか。ちょっと分かりません。
追記 NHKテレビ「土曜オアシス」(2001.03.10 09:15放送)で噺家の柳家小さんさんが
酒飲みの話はやりいいんですよ。
と発言。昔の東京の人には普通の言い方でしょうか。(2001.03.10)
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