[ 広告より ]で、その健康体の基準の一部というのが、
誰でも同じ保険料って、おかしくない?
健康保険ペガサスなら、健康体のあなたの月々の保険料負担が軽くなる。
健康に気をつかっている人も、いない人も、保険料は同じでした。
でも、これからは、違います。日本で、初めての、健康体保険ペガサス登場!
健康体のあなたなら、月々の保険料負担が軽くてすむ。
それは、まったく新しい保険です。
死ぬ確率の低い人だけを何らかの基準で集めて、そのグループ内で
保険料率を設定すれば、保険料が低くなるのは当然です。金儲けしたい
誰かが考えそうなことです。
ただ、その基準は、客観的で皆が納得できるものでなくてはならない筈です。
そうでなくては、基準から外れた人が「不当に不利益を被った」という
被害意識 (つまり差別感) を抱きます。
倫理的な基準の一例として、「本人の努力ではどうにもならないこと
で人をおとしめてはいけない」という考え方がありますが、上記は
どうでしょうか?
もしも、健康体条件のなかに「黄色人種または白人であること」という ものがあった場合、これはどう受け取られるでしょうか。保険会社が 「人種ごとに死亡率が違うことはデータから明らかだ」と言って資料を 提示すれば、みな納得するのでしょうか?
やはりそのうち 「遺伝子に疾患要素がないこと」 という条件が付くようになるのでしょうか。
人によって感じ方は違うでしょう。特に健康な人とそうでない人で。
善意・倫理感の問題でしょうか。
許される基準の境界はどこにあるのでしょうか。
単に契約者が多ければ保険会社は存続し、少なければ消える、というだけの
ことでしょうか。
なにか、もやもやした気分です。
保険って、もともとは多くの人の参加によって、個人のリスクを 薄めるためにあるものなのに ( と思うが )、
参加者を細かく分類して、リスクを持たない人に限定する方向に
向かっているから、なんか変な感じを受けるのだな。
本末転倒というか。
細分化が行きつくところまで行くと、個人判定になっちゃって、
「あなたは1年後に高血圧になる確率96%、 3年後に肝臓ガンになる確率80%です。 来月から毎月4千円づつ振り込んでください。」
という個人アドバイザみたいなものになるのだろうか。
外部リンク → 「健康体保険ペガサス / 東邦生命」
T.Minewaki / minew@post.email.ne.jp