中国東北の大連の近くにある旅順要塞の戦跡は、日露戦争の時、死傷6万人の日本人の血を吸った場所として、日本人にとっては聖地にも等しいものです。この戦跡は、従来、外国人に対して開放されていませんでしたが、1996年7月10日以降、対外開放となりました。部分開放とはなっていますが、軍港の見える二百三高地も開放地区に入っています。

旅順要塞見学を組み込んだ東北ツアーも普通になりましたし、個人旅行でも旅行社に頼んで組み込んでもらうことができます。みなさん、旅順要塞を見学して、明治の祖先の偉業を偲ぼうではありませんか。


開放以前の旅順要塞

私は開放以前に、1994年10月と1995年5月の2回、旅順要塞を見学しました。この2回を併せて、当時の旅順要塞の様子をご紹介します。


1997年の旅順要塞(1)

1997年5月に、開放後の旅順要塞の状況を見ようと、また旅順を訪れました。


1997年の旅順要塞(2)

前回見落としたところを見るために、1997年10月に、この年2回目の訪問を行いました。


1999年の旅順要塞

1999年9月に、「旅順要塞と三大会戦の戦跡を行く」という日露戦争ツアーに参加して、また旅順を訪問し、従来見られなかった大案子山や高崎山などを見ることができました。


2001年の旅順要塞

2001年11月に、「旅順要塞地帯を行く」という旅順要塞オンリーのツアーに参加して、新たに盤竜山東西堡塁や海鼠山などを訪れることができました。


付録・東北観光のトピック

旅順要塞とは関係ありませんが、中国を旅行中にわかった、日本であまり知られていないと思われる二つのトピックをご紹介しましょう。

一つは満州国の首都新京の象徴だった国務院が、今一般公開されていて、張景恵総理の執務室を見学できるというニュースです。元満州国関係者の方には応えられないと思います。

もう一つは北朝鮮国境の街、丹東にある、ちょっと変わったホテルの話です。もと安東の「江月台」住宅が丹東賓館という、ロッジ式のホテルになって残っているのです。江月台に住んでおられた方は死ぬまでに一度は泊まるべきです。そうでない人も、丹東へ行くならお薦めです。