三井のロンドン絵日記(4)

英国流通業事情と「ヤオハンショッピングプラザ」その後



 かのヤオハンの倒産以降、多くの「神話」が終わってしまった観が深いですが、そのヤオハンがつくって当時評判になった「ヨーロッパ最大」のショッピングセンターが、その後どうなったか、近くに行く機会があったので、訪ねてみました。


 実はここがオープンした5年ほど前にも、たまたまですが私は行っているのです。その時は、なにせ規模のバカでかいことに驚きました。「日本食品店」のイメージをはるかに越えた、体育館のような建物なのですから。キャッチフレーズ通り、「一つ屋根の下に日本がある」のです。食品から、雑貨、書籍を始め、文字通りなんでもあり、でした。ただ、そこのフードコート、これも何でも日本の味が揃っていましたが、うまくないのにも感心しました。


 今回、まず、ブレントクロスのショッピングセンターからバスに乗って、さてどこだったっけと目をこらしていましたが、危うく通り過ぎるところでした。外装の色が一変してしまったからです。そのくらいはまあ、名前も変わってしまったから当然とは思えますが、もともと最寄り駅(地下鉄ノーザンラインのコリンデール、RAF Museum英空軍博物館で有名)からはかなり遠く、前回行ったときはえらく不便だなと思った場所です。バスの便も少ないのです。幹線道路沿いなのですから、車で買い物に行く分には便は悪くはないのでしょうけれど、この場所自体ロンドンの北のはずれに近いので、多くの日本人客を集めるによかったとは言えませんでした。

 今回はそれに加えて、バスを降りたところでまず焦ったのは、まるで閑散、これはしまった、閉まっていたか、「新装開店」前の工事中か、と思ったほどです。でも、別に閉まっていたのではありませんでした。ちゃんと開いていたのですが、まったくひとけがなく、とても商売をやっている雰囲気がありません。もちろん、平日の昼間であったせいもありますが、この国では元来、買い物には平日の昼間に行く慣習で、「一体いつ仕事に行っているんだ」とかつて思ったほどです。「日曜営業(禁止)法」があったせいもありますが、それが事実上なくなり、今じゃあどこも日曜も開いている(ブレントクロスのTESCOなんか、平日は何と「24時間オープン」)ようになっても、この点は何ら変わりません。賑わっているブレントクロスショッピングセンター(12年前はロンドンで最大規模で驚かされたが、今はそんなのがあちこちにある)から行ったので、よけい寂しさを実感させられました。

 まあ、オープン当時でさえも「ごった返している」ほどではなかったここですから、本家のヤオハン倒産後となれば、客足の遠のくのも止むを得ざるところです。もともと造りが安かったのか、何か薄暗く、窓もなく、あんまり派手な雰囲気じゃありませんでした(今の英国内のショッピングセンタービルはどこも実に派手で、けばけばしいほどです)。でも、それにしたって、というのですが、もちろん、現在この店自体がアジア系の別の資本の手に渡り、名前も「オリエンタルシティ」と変わって、「日本食品」だけじゃなく、広くオリエントの食物や物品を扱う場に変貌しつつあるせいもあります。いわば過渡期で、なにせ「新装開店」したばかりだけに、渡されるスーパーバッグも無地のまま、店名も書いてありません。

 加えて、以前入っていた日系テナントの大半は撤退してしまいました。頑張っているのは、旭屋書店、陶磁器店、お好み焼き屋など若干です。食品売場内に店を出している鮮魚店「吉野」は、ちょうど12年前に、私の以前の住まいに近い、ノースサーキュラー(北環状道路)交差点のところに開店し、経営順調で、その勢いでロンドン中心・ピカデリーの店「ジャパンセンター」内にも寿司売場など含めて出店、さらにヤオハンにも出たわけですが、残って頑張っていても、このありさまでは経営ヒサンとしか言い様がありません。同日実は、この「吉野」の本店の前も通りかかったのですが、どうも閉まっていて、もう「背水の陣」で、オリエンタルシティ内で孤軍奮闘している模様です。

 まあ、この「吉野」まで撤退してしまったなら、オリエンタルシティにも日本人客は寄りつかなくなるかも知れませんが、今もすでに、「脱日本化」は着々と進んでいます。食品売場の棚には、日本食品以外に、Chinese、Korean、Vietnameseまでが著増し、その他のSingaporean だ、Indianだ、Thaiだなんていうのを含めれば、もう三分の一近くは非日本化しています(英国では一般に「Asian」というのはインドなどの南アジアの人間をさし、東アジア系を「Oriental」と言っています)。テナントのうちでも、日系の店が激減した一方、中国のビデオレンタル店や中国医学の「店」?などが登場、日本色はすっかり薄れてきました。何よりも、来ている客の中にもう日本人らしい姿は僅かで、我が子を抱き、ブランドものに着飾ってお買い物にお越しの若奥様がたった一人目撃されただけです。フードコートには日本の在留サラリーマン風や学生風の姿も見えましたが。それに代わり、中国語や韓国語が飛び交っています。まさしく「オリエンタルシティ」化はすすんでいるのです。


 でも、それなら「非日本化」で、オリエンタルシティはうまくいくものなのか、これも怪しいところでしょう。確かに、著減する日本企業の駐在員家族に依存する商売はもううまくいくはずもなく、ロンドン中心部でも店を閉めてしまったJapanese restaurant があちこちです。「会社交際費」にすがってきた以上、当然でしょう(昨年末の「ヨーロッパかけ歩記」でも、日本料理店の不振の一方、日本企業ご一行様が年末忘年会を安い中華料理店でやっている姿を目撃したことを書きました)。せいぜい、日本人学生相手の安いラーメン屋や居酒屋がなんとか持つかどうか、というところです。また、シティを始めロンドンのあちこちに国内も顔負けの大きな日本書店が開かれていますが、これもかなり危なそうで、ましてや旧ヤオハン内の旭屋書店など、客の姿もありませんでした。

 けれども、貿易黒字減らしと摩擦解消のため、「お金を使いに来た」かつての日本人たちとは違い、中国人や韓国人の人たちがいい市場になるでしょうか?韓国は日本以上にピンチで、今、現代や三星などの大手企業があい次いで英国内での投資計画を中断したり、見直しを始めたりしているところです。以前、英国三洋の社長が、近辺に進出してきた韓国企業工場の派手な攻勢を嘆いて、「韓国企業は何であんなに金を持っているんですかねえ」と言っていましたが、まさしく「金の切れ目が縁の切れ目」です(いや「ウォンの切れ目」か)。在留韓国人の数はいくら増えても(韓国人向けの不動産業も開かれています)、お金を使えなくては商売になりません。

 一方中国人の人たちは、これも著増していますが、なにせこっちは歴史が違い、ロンドン中心部ソーホーはじめ、中国物産店はすでにたくさんあり、安さを競い合っています。中華料理店はそれこそヨーロッパのどんな田舎にもあります。中国系の人たちは経済心が強く、安くなくちゃあ見向きもしませんから、近所のひと以外、なんでわざわざコリンデールのオリエンタルシティくんだりまで、ということになりましょう。


 まあ、ですからオリエンタルシティの前途は多難と思うしかありません。ヤオハン倒産のおかげで、現在のオーナー企業は建物も店も安く買い取ったのでしょうが、よっぽど金をかけて、大改装でもしてイメージ一新した方が良さそうです。でも、今のところはペンキを塗り替えた以外、ヤオハン時代そのままで、あちこちに空きテナントがあって、商品のうちにはヤオハン時代の売れ残りとおぼしきものがかなりあってというところであり、そしてマネージャーや店員の多くは日本人ではなくなりました。こんなに客が少なければ、ということでしょうが、食品売場のレジには2人しかおらず、昔の英国の店さながらのスローモーな仕事で、長い行列ができていました。こういう光景を目にするのは久しぶりです。今の英国では、既報のように、ともかく客をできるだけ待たせないという精神が浸透してきているのです。すくなくとも、今のこの店には、「脱日本化」以外に、何らのポリシーを感じさせるものはありません(日本社会と縁を切ったのか、今のオリエンタルシティは、『英国ニュースダイジェスト』はじめ、現地日本語新聞などへの広告を一切出していません。したがって、店へ行ってもこうした刊行物は手に入りません)。

 「脱日本化」も流れでしょうが、先の見えない経営というわけにもいきますまい。今の華々しい英国内の金融や流通企業の攻勢ぶりを見ていると、こんな一時代前のような姿で、単に東洋の食品などを扱っているだけで、どこまでやれるのかははなはだ疑問です。日本食品を置いている店はもう至るところにあり、東洋的ライフスタイルは英国の家庭生活に浸透しつつあるのです。


 たまたまリバプールストリート駅に寄ったら、ずいぶんきれいになった駅構内の一角(空中)に、なんと「スシバー」(回転寿司)があり、それが英国人客でいっぱい、行列ができているのです。ようやくアメリカ並みに、スシも一般のcuisine選択のうちに入ってきたようです。

 ちなみに、このスシバー「モシモシ寿司」はシティあたりでもう相当に有名なのだそうで、のちに会った英国の知人も行ったことがあると言っていました。なにせ休む暇もないシティの人間たちにとっては、「早い」(そりゃそうです、ベルトコンベアのうえを回って来るんですから)ことが最大の利点、しかも一皿1〜2ポンド程度で、決してそんなに高くない、こりゃ流行るのも当たり前です。




 たまたまでしょうが、最近のテナントとおぼしき「£1ショップ」(要するに、日本の「100円ショップ」もあり、そこで買ったもののうち、日本メーカー名のマーカーペン(マレーシア製)、かえって開けてみたら、ふたがゆるんでいて中身が蒸発、もうほとんど書けない状態、家内は怒り狂っていました。これも一時代前の英国の店を彷彿とさせます。「二個入り」のはずの電球が買って帰ってみたら一個しか入っていなかったとか、一個はすでに切れていたとか、こんなことが日常だったのです。だいたいスーパーの店内で、客が勝手に包装を破いてビスケットを「試食」してしまう、ブドウなどをどんどんつまみ食いする、こんな光景がいつも見られました。その実感を久しぶりに味わえました。


 「客も店員も対等」、「客の都合より店の都合」、「客自らが慎重に判断・行動せよ」、そんな風であったかつての英国の流通業やサービス業の姿には、なにか「自然主義的」懐かしさも感じさせますが、まあそれがいいと言うわけにもいかないでしょう。なにせ、かつてはこの英国社会ではおこりそうもない、うまくいくわけがないと思われた数々が着々と浸透・定着してきているのです。



 たとえば、日本の「コンビニ」、これこそ実に日本的と思ってきましたが、そうでもなく、我が家の近所に「24時間営業」のコンビニエンスストアがあるのを発見しました。「b2」という店名で、明らかにかなりはやっている様子です。注意して見てみると、すでにあちこちに店を出しています。もちろんこの国では「seven/eleven」はまったく失敗していますが、24時間営業のコンビニの発想が成り立たないわけではないでしょう(弁当は売っていませんが)。「防犯問題」もないことはないでしょうが、今じゃあ日本と英国と大差はないでしょうから。













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