医学検査 vol.46 NO.12 1997 に掲載
パラフィンブロック作製過程における脱水剤および中間剤の使用に関するアンケ−ト調査について
(社)広島県臨床衛生検査技師会病理検査研究班
田中信利 ・小川勝成 ・斉藤泰生
はじめに
病理組織検査は、主に1.検体採取→2.固定→3.切り出し→4.パラフィン包埋→5.薄切→6.各種染色→7.病理組織診断の7項目に分類され る。これらの項目はどれをとっても重要であるが、この中の6.各種染色に関しては、日本臨床衛生検査技師会全国病理検査研究班およびコントロ−ルサ−ベイ 部会により各種染色の精度管理が行われ、方法手技の基準化、標準化が進められている。しかし、固定から包埋までの工程についてみると各施設で、成書の方法 に加えていろいろと工夫がなされパラフィンブロックが作製されている。このようにパラフィンブロック作製においては、経験的な要素が大きく占めることも原 因し、いまだこれといった方法の基準化、標準化がなされていないのが現状であると思われる。この点に注目し、中国四国地方ではどのような方法でパラフィン ブロックが作製されているかアンケ−ト調査を実施した。今回、その集計結果のうち脱水剤および中間剤に関して若干の考察を加え報告する。
1)方法
アンケ−ト調査項目用紙を中国四国9県の各病理検査研究班班長を通じて配布した。パラフィンブロック標本とする材料は、針生検材料(内視鏡下の生 検を含む)と生検材料(皮膚、リンパ節等)、手術材料の3種類に分けそれぞれ回答してもらった。参加施設は、広島県35施設、島根・香川県各10施設、山 口・岡山・徳島・愛媛県各8施設、鳥取県7施設、高知県6施設の計100施設であった。
2)結果
アンケ−トの集計結果は、70%の施設で密閉式自動包埋装置が使用されており、脱水剤にエタノ−ルを使用している施設が94施設(94%)、メタ ノ−ルを使用している施設が5施設(5%)みられた。脱水系列は、低濃度から行っている施設が81施設(81%)、高濃度(99.5%以上)から行ってい る施設は13施設(13%)であった。尚、低濃度脱水剤から始めている施設のうち45施設(45%)が70%アルコ−ルから始めていた。また、脱水剤にメ タノ−ルを使用している5施設(5%)では、特徴的な使用方法はみられなかった。また脱水剤の処理槽の数については、7槽56施設(57%)、6槽23施 設(23%)、5槽12施設(12%)であった(表5)。
次に中間剤の使用状況は、キシロ−ルを使用している施設が73施設(73%)、クロロホルムを使用している施設が16施設(16%)みられた。中 間剤の槽数は、3槽77施設(78%)、2槽15施設(15%)であった。なお、キシロ−ルを使用している施設とクロロホルムを使用している施設とを比較 した場合、中間剤の槽数に差はみられなかった。脱水剤および中間剤を組織に浸透させる時間は各施設さまざまに設定しているため一定の傾向はみられなかっ た。また、約半数の施設で針生検材料および生検材料と手術材料とで異なった包埋プログラムを使用していた(52/96施設、54%)。その他に固定液は材 料に関係なく20%ホルマリン液を使用している施設が多かった(約 40%)。固定時間は針生検材料では3−6時間が多く48施設(52%)、生検材料、手術材料ではともに24時間が一番多くそれぞれ46施設( 53%)、28施設 (33%)であった。尚、手術材料では24時間未満は5施設(6%)と少なかった。更に、組織を固定後水洗している施設は、針生検材料では51施設 (53%)、生検材料では63施設(65%)、手術材料では85施設(86%)であった。
3)考察
パラフィン包埋は、組織内にパラフィンを完全に浸透させることが目的であるが、この場合組織内水分の除去が必要となる。この水分の除去の過程が脱 水で、通常はアルコ−ルが使用されている。武石ら1)は昭和54年に全国129施設に対して病理作業の実態調査を行いその結果、エタノ−ルを使用している 施設は98%、メタノ−ルを使用している施設は2%であったと報告している。しかし、武石2)、岩垂3)は脱水剤としてはエタノ−ルよりもメタノ−ルを、 脱水過程では低濃度よりも高濃度アルコ−ルからの処理を勧めている。これは、エタノ−ルに比べメタノ−ルの浸透速度が1.5倍速く、価格はエタノ−ルの 1/5と安価である(例、18・あたりメタノ−ル5000円、エタノ−ル25000円:和光純薬工業(株))こと、更に、組織収縮率はメタノ−ルあるいは エタノ−ルを使用した場合や低濃度あるいは高濃度アルコ−ルからの脱水処理行程を行った場合において差がないという理由からである。 今回のアンケ−ト調 査の結果では武石らの実態調査と同様にエタノ−ルを使用している施設が94%と多かった。脱水過程においては、高濃度より低濃度アルコ−ルからの処理を 行っている施設が81%と多かった。以上より通常はエタノ−ルが使用され、かつ低濃度アルコ−ルからの処理が行われているのが現状であるが、武石、岩垂が 前述していることを考えると、今後はエタノ−ルにこだわらずメタノ−ルの使用と高濃度アルコ−ルからの処理を積極的に考えたほうがよいのではないかと思わ れる。尚、最近エタノ−ルにメタノ−ルやプロパノ−ルを加えた病理組織脱水用の変成アルコ−ルが市販されている。価格的には、従来のエタノ−ルの約2/5 と安価であり、今後は変成アルコ−ルの使用についても検討する必要があると考えられる。
次に脱水過程ではアルコ−ルが使われるが、パラフィンはアルコ−ルには溶けない。そこで、アルコ−ルとパラフィンの両方に親和性のある液が必要に なる、これが中間剤である。今日では、中間剤としてはキシレンやクロロホルムが一般的に使用されている。昭和54年の武石ら1)の調査では、キシレンを使 用している施設が51%、クロロホルムを使用している施設が49%であった。今回のアンケ−ト調査では、クロロホルムの使用施設が16%と武石らの実態調 査に比べ少なかった。これは、キシレンに比べクロロホルムは価格的に約2倍と高価であり(例、18Lあたりクロロホルム10000円、キシレン5500 円:和光純藥(株))、しかも空気中許容濃度(クロロホルム50ppm、キシレン100ppm)がクロロホルムの方が1/2と低く毒性が強いためであると 考えられる。しかし、武石2)は、キシレンとクロロホルムを比較すると、クロロホルムの方が浸透速度が1.5倍速く、しかも沸点が低くパラフィン内残留度 が低い、更に我々が日常使用しているホルムアルデヒドが空気中許容濃度5ppmである事を考えると、特にキシレンが安全であるという訳ではないということ から、クロロホルムを推奨している。しかし、作業環境を考えた場合少しでも毒性の強いものは極力避けたい。以上より、日常使用している有機溶媒は劇物であ るということを十分認識し注意を払い使用しなければならないと考える。
最近、密閉式の自動包埋装置が普及し、今回のアンケ−ト調査でも70%の施設で使用されていた。このような装置を利用すればクロロホルムの様な毒 性の強い有機溶媒でも安全に使用できるのではないかと考える。このほかに、キシレンに代わるHemo-Deやレモゾ−ル等の低毒性の中間剤がある。音羽ら 4、5)はHemo-Deは脱水過程を十分に行えば中間剤として使用可能である、と述べている。今回のアンケ−ト調査においてもHemo−Deは4%、レ モゾ−ルは1%の施設で使用されているが、使用状況をみる限り特別な使用方法はされていないように見受けられ、普通に使用しても構わないと思われる。しか し、価格においては、キシレンに比べHemo−Deは約7倍、レモゾ−ルは約5倍と高価であるが、安全性から考えると果たして価格的に高いといえるのであ ろうか。今後、病理検査室の作業環境に関しても十分考えて行かなければならないと思う。
脱水剤、中間剤の槽数に関しては、武石ら1)の実態調査では、脱水剤の槽数は6〜7槽62%、中間剤の槽数は2槽45%、3槽48%、が多かっ た。更に武石2)は、最終脱水剤槽内の許容含水量は生検で0.5%以下、剖検例で0.3%以下が一応の目安であり、此に必要な脱水剤槽は4回落第方式 (140gの組織が5槽を4回通過したら第1槽液を棄て、第2槽を第1槽に落第、以下同様にして第5槽を新液にする方式)では5槽必要、同様に最終中間剤 槽の脱水剤最大許容量は30%であり、3回落第方式によると3槽系列では3.03%以下、2槽系列では9.06%以下、1槽系列では24.39%以下に維 持でき通常は2槽必要であると述べている。また、岩垂3)は、段階希釈という観点から考えると中間剤各槽で組織に残存する脱水剤は4槽系列ではそれぞれ 9.09、0.83、0.075、0.007%であり、しかもクロロホルムは安定剤として0.6−1%のメタノ−ルを含有しているため、クロロホルムを中 間剤とした場合は3槽が必要槽数であり4槽以上は無意味であると述べている。今回のアンケ−ト調査では脱水剤の槽数は、6〜7槽(80%)、中間剤の槽数 は、2〜3槽(93%)が圧倒的に多く、脱水剤の槽数は6〜7槽、中間剤の槽数は2〜3槽が妥当であると思われる。
次に脱水剤・中間剤の組織への浸透時間に関しては、各施設さまざまな浸透時間を設定しているため、まとめることは困難であった。このことは、各施 設ではさまざまな条件下(仕事の時間配分など)でパラフィンブロックを作製しなければならないということが、窺われるのではないだろうか。
4)結語
今回、パラフィンブロック作製に関するアンケ−ト調査を中国四国9県の100施設で実施した。その集計結果の中から脱水剤、中間剤に関すること、 使用している自動包埋装置の種類について報告した。しかし、このアンケ−ト調査の結果は、あくまでも傾向であり必ずしも良い組織標本を作製するための基準 ではない。この結果を十分分析することにより、よいパラフィンブロックを作製する参考資料になるのではないかと思われる。
〔稿を終えるにあたり、今回のアンケ−ト調査に参加していただきました中国・四国各県病理検査研究班の皆様に深謝いたします。〕
文献
1)武石詢ほか:日本における病理標本作成の現状.第18回組織技術研究会記録:15〜43,1980
2)武石詢:初心者講座 4.脱水・包埋の実際.病理技術 38号:10〜14,1988
3)岩垂司:固定組織片の脱水・脱脂・包埋過程の基礎理論.病理技術マニュアル3
病理組織標本作製技術上巻,63〜76,医歯薬出版(株),東京,1981
4)音羽裕子ほか:病理組織標本作製過程で用いられる溶剤としてのHemo-Deの有用性に対する評価.衛生検査 36巻:1401〜1405, 1987
5)音羽裕子ほか:病理組織標本作製過程で有機溶剤として用いられるHemo-Deの一特性
医学検査 40巻:855〜858,1991