オトナは花粉症、子供はアトピー。
 最近のヒトの例に漏れず、私も花粉症である。
 95年の最大量の時罹患した、いわば新参者である。
 むかしアレルギーというと、なんだか繊細な人のような印象があった。
 小説家でいえば吉行淳之介である。 
 繊細で微妙で、がさつな世間では生きづらい、孤高の士、
 そんなイメージである。 
 そのころは花粉症という名前もなかった。 
 枯草熱といっていた。 
 名の通り、秋口に出る病気だったらしい。 
 海外小説などでその病名を読みながら、ぼんやりと、ある種の憧れを抱いていた。
 なんだかハイカラな病気のようで。 
 そのあと、セイタカアワダチソウ騒動があった。
 この植物、アメリカから帰化するや、爆発的にはびこった。
 背の高い、黄色い小さな花をつける、あの植物である。
 この花粉がアレルギーを起こすというので、騒がれた。
 そのころ私はなんともなかった。 
 セイタカアワダチソウ群落のまっただなかで、怪獣ごっこをしながら、元気だった。
  
 罹患したのは先にも言ったとおり、1995年のこと。
 みんながかかる病気なので、繊細も憧れもない。
 勿論孤高もない。 
 みんなでそろって鼻水を垂らすだけの病気と化していた。
 つまらない病気になった。 
  
 春は毎朝が辛い。 
 決まって鼻が詰まっている。 
 鼻炎スプレーを鼻に注入し、無理矢理鼻を通す。
 タウロミンという薬を飲む。 
 なんでも体質改善に効のある生薬が含まれているとのことだ。
 鼻づまりのためと、薬の副作用のため、頭がぼうっとしてくる。
 しばらくは動けないほどである。 
 自分が罹ってみると、不思議なもので、罹らない人が馬鹿に見えてくる。
 こんな大量の花粉を浴びてもなんともないなんて、鈍感で粗野で、ナイフで刺しても平気なんじゃないか、とまで思えてくる。
 きっと吉行淳之介も、アレルギーの発作の折りは、そう思っていたのだろう。
 アトピーの子供も増えているが、きっと心の中で、こう思っているのだろう。
「世間の奴ら、こんな農薬漬けの野菜や、薬物まみれのニワトリの卵、合成着色料や保存料でできたインスタント食品、こんなものを平気で食ってやがる。野蛮人め。きっと青酸カリ飲ませたって平気だぜ」
 私には食物アレルギーはないが、たのむから私に一服盛るのはやめておくれ。
 先日、野球の練習に行った。 
 翌日、そのつけが廻って来た。 
 筋肉でなく、鼻に来た。 
 花粉にまみれて戸外で運動したため、完全に鼻が詰まった。
 苦しくて目が覚める。 
 鼻炎スプレーを使いたいが、あれは鼻で吸い込む必要がある。
 完全に詰まってしまっては使えない。 
 鼻をかみたいが、これも駄目。 
 無理にかもうとすると耳から鼻汁が出る。 
 尾籠な話だが、だらだらと鼻汁を垂らす。 
 むかし、中国の宦官はペニスを切り取ったが、手術後しばらくは小水が垂れっぱなしになるそうである。
 そのため小便臭く、「宦官が来ることが半里先から分かる」などと馬鹿にされていたそうな。
 そんな感じでだらだらと鼻汁を垂らす。 
 やけになって酒を飲む。 
 あまりうまくない。 
 充血してますます鼻が詰まる。 
 いよいよ鼻汁をだらだらと垂らす。 
 家にはタウロミンがあるが、これは生薬系で即効性はあまりない。
 ホスゲン鼻炎錠というのがあって、これは大した即効性で、飲んで10分以内に全ての分泌物が止まる。
 涙も唾液も止まってしまい、眼が痛くなり、喉が渇く。
 確認していないがたぶんカウパー腺液やバルトリン氏液も止まるのであろう。
 それくらい凄いが、生憎切らしている。 
 やむなくタウロミンを倍量飲む。 
 ああ、鼻汁をだらだらと垂らす。 
 なんだか詩的だな。